走って入って来ました。
『起きろ、みんな起きろ、今日のとこ崩れたぞ。早く起きろ、みんな行って呉《く》れ。』って云ふんです。誰も不承不承起きました。まだ眼をさまさないものは監督が起して歩いたんです。なんだ、崩れた、崩れた処へ夜中に行ったって何《な》ぢょするん[#「ん」は小書き]だ、なんて睡《ねむ》くて腹立ちまぎれに云ふものもありましたが、大抵はみな顔色を変へて、うす暗いランプのあかりで仕度をしたのです。間もなく、私たちは、アセチレンを十ばかりつけて出かけました。水をかけられたやうに寒かったんです。天の川がすっかりまはってしまってゐました。野原や木はまっくろで、山ばかりぼんやり白かったんです。場処へ着いて見ますと、もうすっかり崩れてゐるらしいんです。そのアセチレンの青の光の中をみんなの見てゐる前でまだ石がコロコロ崩れてころがって行くんです。気味の悪いったら。」その人は一寸《ちょっと》話を切りました。私もその盛られた砂利をみんなが来てもまだいたづらに押してゐるすきとほった手のやうなものを考へて、何だか気味が悪く思ひました。それでもやっと尋ねました。
「それから又工事をやったんですか。」
「やったんです。すぐその場からです。技師がまるで眼を真赤にして、別段な訳もないのに怒鳴ったり、叱《しか》ったりして歩いたんです。滑った砂利を積み直したんです。けれどもどうしたって誰も仕事に実が入りませんや。さうでせう。一度別段の訳もなく崩れたのならいづれ又格別の訳もなしに崩れるかもしれない、それでもまあ仕事さへしてゐれゃ賃金は向ふぢゃ払ひますからね、いくらつまらないと思っても、技師がさうしろって云ふことを、その通りやるより仕方ありませんや。ハッハッハ。一寸《ちょっと》。」
 その工夫の人は立ちあがって窓から顔を出し手をかざして行手の線路をじっと見てゐましたが、俄《には》かに下の方へ「よう、」と叫んで、挙手の礼をしました。私も、窓から顔を出して見ましたら、一人の工夫がシャベルを両手で杖《つゑ》にして、線路にまっすぐに立ち、笑ってこっちを見てゐました。それもずんずんうしろの方へ遠くなってしまひ、向ふには栗駒《くりこま》山が青く光って、カラッとしたそらに立ってゐました。私たちは又腰掛けました。
「今度の積み直しも又八日もかゝつたんですか。」私は尋ねました。
「いゝえ、その時は前の半分もかゝらなか
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