れ。」
けれども蜂雀はやっぱりじっとその細いくちばしを尖《とが》らしたまま向うの四十雀《しじゅうから》の方を見たっきり二度と私に答えようともしませんでした。
「ね、蜂雀、談《はな》してお呉れ。だめだい半分ぐらい云っておいていけないったら蜂雀
ね。談してお呉れ。そら、さっきの続きをさ。どうして話して呉れないの。」
ガラスは私の息ですっかり曇《くも》りました。
四羽の美しい蜂雀さえまるでぼんやり見えたのです。私はとうとう泣きだしました。
なぜって第一あの美しい蜂雀がたった今まできれいな銀の糸のような声で私と話をしていたのに俄かに硬《かた》く死んだようになってその眼もすっかり黒い硝子玉《ガラスだま》か何かになってしまいいつまでたっても四十雀ばかり見ているのです。おまけに一体それさえほんとうに見ているのかただ眼がそっちへ向いてるように見えるのか少しもわからないのでしょう。それにまたあんなかあいらしい日に焼けたペムペルとネリの兄妹が何か大へんかあいそうな目になったというのですものどうして泣かないでいられましょう。もう私はその為《ため》ならば一週間でも泣けたのです。
すると俄かに私の右の肩《かた》が重くなりました。そして何だか暖いのです。びっくりして振《ふ》りかえって見ましたらあの番人のおじいさんが心配そうに白い眉《まゆ》を寄せて私の肩に手を置いて立っているのです。その番人のおじいさんが云いました。
「どうしてそんなに泣いて居るの。おなかでも痛いのかい。朝早くから鳥のガラスの前に来てそんなにひどく泣くもんでない。」
けれども私はどうしてもまだ泣きやむことができませんでした。おじいさんは又云いました。
「そんなに高く泣いちゃいけない。
まだ入口を開けるに一時間半も間があるのにおまえだけそっと入れてやったのだ。
それにそんなに高く泣いて表の方へ聞えたらみんな私に故障を云って来るんでないか。そんなに泣いていけないよ。どうしてそんなに泣いてんだ。」
私はやっと云いました。
「だって蜂雀がもう私に話さないんだもの。」
するとじいさんは高く笑いました。
「ああ、蜂雀が又おまえに何か話したね。そして俄かに黙《だま》り込んだね。そいつはいけない。この蜂雀はよくその術をやって人をからかうんだ。よろしい。私が叱《しか》ってやろう。」
番人のおじいさんはガラスの前に進みました。
「おい。蜂雀。今日で何度目だと思う。手帳へつけるよ。つけるよ。あんまりいけなけあ仕方ないから館長様へ申し上げてアイスランドへ送っちまうよ。
ええおい。さあ坊《ぼっ》ちゃん。きっとこいつは談《はな》します。早く涙《なみだ》をおふきなさい。まるで顔中ぐじゃぐじゃだ。そらええああすっかりさっぱりした。
お話がすんだら早く学校へ入らっしゃい。
あんまり長くなって厭《あ》きっちまうとこいつは又いろいろいやなことを云いますから。ではようがすか。」
番人のおじいさんは私の涙を拭《ふ》いて呉れてそれから両手をせなかで組んでことりことり向うへ見まわって行きました。
おじいさんのあし音がそのうすくらい茶色の室《へや》の中から隣《とな》りの室へ消えたとき蜂雀はまた私の方を向きました。
私はどきっとしたのです。
蜂雀は細い細いハアモニカの様な声でそっと私にはなしかけました。
「さっきはごめんなさい。僕すっかり疲《つか》れちまったもんですからね。」
私もやさしく言いました。
「蜂雀。僕ちっとも怒《おこ》っちゃいないんだよ。さっきの続きを話してお呉れ。」
蜂雀は語りはじめました。
「ペムペルとネリとはそれはほんとうにかあいいんだ。二人が青ガラスのうちの中に居て窓をすっかりしめてると二人は海の底に居るように見えた。そして二人の声は僕には聞えやしないね。
それは非常に厚いガラスなんだから。
けれども二人が一つの大きな帳面をのぞきこんで一所に同じように口をあいたり少し閉じたりしているのを見るとあれは一緒《いっしょ》に唱歌をうたっているのだということは誰《たれ》だってすぐわかるだろう。僕はそのいろいろにうごく二人の小さな口つきをじっと見ているのを大へんすきでいつでも庭のさるすべりの木に居たよ。ペムペルはほんとうにいい子なんだけれどかあいそうなことをした。
ネリも全くかあいらしい女の子だったのにかあいそうなことをした。」
「だからどうしたって云うの。」
「だからね、二人はほんとうにおもしろくくらしていたのだから、それだけならばよかったんだ。ところが二人は、はたけにトマトを十本植えていた。そのうち五本がポンデローザでね、五本がレッドチェリイだよ。ポンデローザにはまっ赤な大きな実がつくし、レッドチェリーにはさくらんぼほどの赤い実がまるでたくさんできる。ぼくはトマトは食べないけれど
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