「おい。蜂雀。今日で何度目だと思う。手帳へつけるよ。つけるよ。あんまりいけなけあ仕方ないから館長様へ申し上げてアイスランドへ送っちまうよ。
 ええおい。さあ坊《ぼっ》ちゃん。きっとこいつは談《はな》します。早く涙《なみだ》をおふきなさい。まるで顔中ぐじゃぐじゃだ。そらええああすっかりさっぱりした。
 お話がすんだら早く学校へ入らっしゃい。
 あんまり長くなって厭《あ》きっちまうとこいつは又いろいろいやなことを云いますから。ではようがすか。」
 番人のおじいさんは私の涙を拭《ふ》いて呉れてそれから両手をせなかで組んでことりことり向うへ見まわって行きました。
 おじいさんのあし音がそのうすくらい茶色の室《へや》の中から隣《とな》りの室へ消えたとき蜂雀はまた私の方を向きました。
 私はどきっとしたのです。
 蜂雀は細い細いハアモニカの様な声でそっと私にはなしかけました。
「さっきはごめんなさい。僕すっかり疲《つか》れちまったもんですからね。」
 私もやさしく言いました。
「蜂雀。僕ちっとも怒《おこ》っちゃいないんだよ。さっきの続きを話してお呉れ。」
 蜂雀は語りはじめました。
「ペムペルとネリとはそれはほんとうにかあいいんだ。二人が青ガラスのうちの中に居て窓をすっかりしめてると二人は海の底に居るように見えた。そして二人の声は僕には聞えやしないね。
 それは非常に厚いガラスなんだから。
 けれども二人が一つの大きな帳面をのぞきこんで一所に同じように口をあいたり少し閉じたりしているのを見るとあれは一緒《いっしょ》に唱歌をうたっているのだということは誰《たれ》だってすぐわかるだろう。僕はそのいろいろにうごく二人の小さな口つきをじっと見ているのを大へんすきでいつでも庭のさるすべりの木に居たよ。ペムペルはほんとうにいい子なんだけれどかあいそうなことをした。
 ネリも全くかあいらしい女の子だったのにかあいそうなことをした。」
「だからどうしたって云うの。」
「だからね、二人はほんとうにおもしろくくらしていたのだから、それだけならばよかったんだ。ところが二人は、はたけにトマトを十本植えていた。そのうち五本がポンデローザでね、五本がレッドチェリイだよ。ポンデローザにはまっ赤な大きな実がつくし、レッドチェリーにはさくらんぼほどの赤い実がまるでたくさんできる。ぼくはトマトは食べないけれど
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