ちろん教壇のうしろの茨《いばら》の壁には黒板もかかり、先生の前にはテーブルがあり、生徒はみなで十五人ばかり、きちんと白い机《デスク》にこしかけて、講義をきいて居《お》りました。私がすっかり入って立ったとき、先生は教壇を下りて私たちに礼をしました。それから教壇にのぼって云いました。
「麻生《あそう》農学校の先生です。さあみんな立って。」
 生徒の狐たちはみんなぱっと立ちあがりました。
「ご挨拶《あいさつ》に麻生農学校の校歌を歌うのです。そら、一、二、三、」先生は手を振《ふ》りはじめました。生徒たちは高く高く私の学校の校歌を歌いはじめました。私は全くよろよろして泣き出そうとしました。誰《たれ》だっていきなり茨海《ばらうみ》狐小学校へ来て自分の学校の校歌を狐の生徒にうたわれて泣き出さないでいられるもんですか。それでも私はこらえてこらえて顔をしかめて泣くのを押《おさ》えました。嬉しかったよりはほんとうに辛《つら》かったのです。校歌がすみ、先生は一寸《ちょっと》挨拶して生徒を手まねで座《すわ》らせ、鞭《むち》をとりました。
 黒板には「最高の偽《うそ》は正直なり。」と書いてあり、先生は説明をつづ
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