分は蛋白質が二二パアセント、脂肪が十八ポイント七パアセント、含水炭素が零《ゼロ》ポイント九パアセントですが、これは只今《ただいま》ではあんまり重要じゃありません。油揚の代りに近頃《ちかごろ》盛《さか》んになったのは玉蜀黍《とうもろこし》です。これはけれども消化はあんまりよくありません。」
「時間がも少しですから、次の教室をご案内いたしましょう。」校長がそっと私にささやきました。そこで私はうなずき校長は先に立って室《へや》を出ました。
「第三教室は向うの端《はし》になって居ります。」校長は云いながら廊下《ろうか》をどんどん戻りました。さっきの第一教室の横を通り玄関《げんかん》を越《こ》え校長室と教員室の横を通ったそこが第三教室で、「第三学年 担任者武原久助」と書いてありました。さっきの茶いろの毛のガサガサした先生の教室なのです。狩猟の時間です。
私たちが入って行ったとき、先生も生徒も立って挨拶《あいさつ》しました。それから講義が続きました。
「それで狩猟に、前業と本業と後業とあることはよくわかったろう。前業は養鶏《ようけい》を奨励《しょうれい》すること、本業はそれを捕ること、後業はそれを喰《た》べることと斯《こ》うである。
前業の養鶏奨励の方法は、だんだん詳《くわ》しく述べるつもりであるが、まあその模範《もはん》として一例を示そう。先頃《せんころ》私が茨窪《ばらくぼ》の松林《まつばやし》を散歩していると、向うから一人の黒い小倉服を着た人間の生徒が、何か大へん考えながらやって来た。私はすぐにその生徒の考えていることがわかったので、いきなり前に飛び出した。
すると向うでは少しびっくりしたらしかったので私はまず斯う云った。
『おい、お前は私が何だか知ってるか。』
するとその生徒が云った。
『お前は狐《きつね》だろう。』
『そうだ。しかしお前は大へん何か考えて困っているだろう。』
『いいや、なんにも考えていない。』その生徒が云った。その返事が実は大へん私に気に入ったのだ。
『そんなら私はお前の考えていることをあてて見ようか。』
『いいや、いらない。』その生徒が云った。それが又大へん私の気に入った。
『お前は明後日《あさって》の学芸会で、何を云ったらいいか考えているだろう。』
『うん、実はそうだ。』
『そうか、そんなら教えてやろう。あさってお前は養鶏の必要を云うがいい。百姓《ひゃくしょう》の家には、こぼれて砂の入った麦や粟《あわ》や、いらない菜っ葉や何か、たくさんあるんだ。又|甘藍《キャベジ》や何かには、青むしもたかる。それをみんな鶏に食べさせる。鶏は大悦《おおよろこ》びでそれをたべる。卵もうむ。大へん得だと斯う云うがいい。』
私が云ったら、その生徒は大へん悦んで、厚く礼を述べて行った。きっとあの生徒は学芸会でそれを云ったんだ。するとみんなは勿論《もちろん》と思って早速養鶏をはじめる。大きな鶏やひよっこや沢山《たくさん》できる。そこで我々は早速本業にとりかかると斯う云うのだ。」
私は実はこの話を聞いたとき、どうしてもおかしくておかしくてたまりませんでした。その生徒というのは私の学校の二年生なのです。先頃《せんころ》学芸会があったのでしたが、その時ちゃんと、狐に遭《あ》ったことから何から、みんな話していたのです。ただおしまいが少し違《ちが》って居りました。それはその生徒の話では
「なんだお前は僕に養鶏をすすめて置いて自分がそれを捕ろうというのか。」と云ったら狐は頭をかかえて一目散に遁《に》げたというのでした。けれどもそれを私は口に出しては云いませんでした。この時丁度、向うで終業のベルが鳴りましたので、先生は、
「今日はここまでにして置きます。」と云って礼をしました。私は校長について校長室に戻りました。校長は又私の茶椀《ちゃわん》に紅茶をついで云いました。
「ご感想はいかがですか。」
私は答えました。
「正直を云いますと、実は何だか頭がもちゃもちゃしましたのです。」
校長は高く笑いました。
「アッハッハ。それはどなたもそう仰《おっしゃ》います。時に今日は野原で何かいいものをお見付けですか。」
「ええ、火山弾《かざんだん》を見附《みつ》けました。ごく不完全です。」
「一寸《ちょっと》拝見。」
私は仕方なく背嚢《はいのう》からそれを出しました。校長は手にとってしばらく見てから
「実にいい標本です。いかがです。一つ学校へご寄附《きふ》を願えませんでしょうか。」と云うのです。私は仕方なく、
「ええ、よろしゅうございます。」と答えました。
校長はだまってそれをガラス戸棚《とだな》にしまいました。
私はもう頭がぐらぐらして居たたまらなくなりました。
すると校長がいきなり、
「ではさよなら。」というのです。そこで私も
「これで失礼|
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