ぽ》を入れる袋もついてあります。仕立賃も廉《やす》くはないと私は思いました。そして大きな近眼鏡をかけその向うの眼はまるで黄金《きん》いろでした。じっと私を見つめました。それから急いで云いました。
「ようこそいらっしゃいました。さあさあ、どうぞお入り下さい。運動場で生徒が大へん失礼なことをしましたそうで。さあさあ、どうぞお入り下さい。どうぞお入り。」
 私は校長について、校長室へ入りました。その立派なこと。卓の上には地球儀《ちきゅうぎ》がおいてありましたしうしろのガラス戸棚《とだな》には鶏《にわとり》の骨格やそれからいろいろのわなの標本、剥製《はくせい》の狼《おおかみ》や、さまざまの鉄砲《てっぽう》の上手に泥《どろ》でこしらえた模型、猟師《りょうし》のかぶるみの帽子《ぼうし》、鳥打帽から何から何まですべて狐の初等教育に必要なくらいのものはみんな備えつけられていました。私は眼を円くして、ここでもきょろきょろするより仕方ありませんでした。そのうち校長はお茶を注《つ》いで私に出しました。見ると紅茶です。ミルクも入れてあるらしいのです。私はすっかり度胆《どぎも》をぬかれました。
「さあどうか、お掛《か》け下さい。」
 私はこしかけました。
「ええと、失礼ですがお職業はやはり学事の方ですか。」校長がたずねました。
「ええ、農学校の教師です。」
「本日はおやすみでいらっしゃいますか。」
「はあ、日曜です。」
「なるほどあなたの方では太陽|暦《れき》をお使いになる関係上、日曜日がお休みですな。」
 私は一寸《ちょっと》変な気がしました。
「そうするとおうちの方ではどうなるのですか。」
 狐の校長さんは青く光るそらの一ところを見あげてしずかに鬚《ひげ》をひねりながら答えました。
「左様《さよう》、左様、至極《しごく》ご尤《もっとも》なご質問です。私の方は太陰暦を使う関係上、月曜日が休みです。」
 私はすっかり感心しました、この調子ではこの学校は、よほど程度が高いにちがいない、事によると狐の方では、学校は小学校と大学校の二つきりで、或《あるい》はこの茨海小学校は、中学五年程度まで教えるんじゃないかと気がつきましたので、急いでたずねました。
「いかがですか。こちらの方では大学校へ進む生徒は、ずいぶん沢山ございますか。」
 校長さんが得意そうにまるで見当|違《ちが》いの上の方を見ながら答え
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