る街道《かいどう》が通っている。少し大きな谷には小さな家が二、三十も建《た》っていてそこの浜には五、六そうの舟《ふね》もある。
さっきから見えていた白い燈台《とうだい》はすぐそこだ。ぼくは船が横《よこ》を通る間にだまってすっかり見てやろう。絵が上手《じょうず》だといいんだけれども僕《ぼく》は絵は描《か》けないから覚《おぼ》えて行ってみんな話すのだ。風は寒《さむ》いけれどもいい天気だ。僕は少しも船に酔《よ》わない。ほかにも誰《だれ》も酔ったものはない。
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いるかの群《むれ》が船の横を通っている。いちばんはじめに見附《みつ》けたのは僕だ。ちょっと向うを見たら何か黒いものが波《なみ》から抜《ぬ》け出て小さな弧《こ》を描《えが》いてまた波へはいったのでどうしたのかと思ってみていたらまたすぐ近くにも出た。それからあっちにもこっちにも出た。そこでぼくはみんなに知らせた。何だか手を気を付《つ》けの姿勢《しせい》で水を出たり入ったりしているようで滑稽《こっけい》だ。
先生も何だかわからなかったようだが漁師《りょうし》の頭《かしら》らしい洋服《ようふく》を着《き》た肥《ふと》った人がああいるかですと云《い》った。あんまりみんな甲板《かんぱん》のこっち側《がわ》へばかり来たものだから少し船が傾《かたむ》いた。
風が出てきた。
何だか波が高くなってきた。
東も西も海だ。向うにもう北海道が見える。何だか工合《ぐあい》がわるくなってきた。
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いま汽車は函館《はこだて》を発《た》って小樽《おたる》へ向《むか》って走っている。窓《まど》の外はまっくらだ。もう十一時だ。函館の公園はたったいま見て来たばかりだけれどもまるで夢《ゆめ》のようだ。
巨《おお》きな桜《さくら》へみんな百ぐらいずつの電燈《でんとう》がついていた。それに赤や青の灯《ひ》や池にはかきつばたの形した電燈《でんとう》の仕掛《しか》けものそれに港《みなと》の船の灯や電車の火花じつにうつくしかった。けれどもぼくは昨夜《さくや》からよく寝《ね》ないのでつかれた。書かないでおいたってあんなうつくしい景色《けしき》は忘《わす》れない。それからひるは過燐酸《かりんさん》の工場と五稜郭《ごりょうかく》。過燐酸|石灰《せっかい》、硫酸《りゅうさん》もつくる。
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五月廿日
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いま窓《まど》の右手にえぞ富士《ふじ》が見える。火山だ。頭が平《ひら》たい。焼《や》いた枕木《まくらぎ》でこさえた小さな家がある。熊笹《くまざさ》が茂《しげ》っている。植民地《しょくみんち》だ。
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いま小樽《おたる》の公園に居《い》る。高等商業《こうとうしょうぎょう》の標本室《ひょうほんしつ》も見てきた。馬鈴薯《ばれいしょ》からできるもの百五、六十|種《しゅ》の標本が面白《おもしろ》かった。
この公園も丘《おか》になっている。白樺《しらかば》がたくさんある。まっ青《さお》な小樽|湾《わん》が一目だ。軍艦《ぐんかん》が入っているので海軍には旗《はた》も立っている。時間があれば見せるのだがと武田《たけだ》先生が云った。ベンチへ座《すわ》ってやすんでいると赤い蟹《かに》をゆでたのを売りに来る。何だか怖《こわ》いようだ。よくあんなの食べるものだ。
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一千九百廿五年十月十六日
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一時間目の修身《しゅうしん》の講義《こうぎ》が済《す》んでもまだ時間が余《あま》っていたら校長が何でも質問《しつもん》していいと云った。けれども誰《だれ》も黙《だま》っていて下を向《む》いているばかりだった。ききたいことは僕《ぼく》だってみんなだって沢山《たくさん》あるのだ。けれどもぼくらがほんとうにききたいことをきくと先生はきっと顔をおかしくするからだめなのだ。
なぜ修身がほんとうにわれわれのしなければならないと信《しん》ずることを教えるものなら、どんな質問でも出さしてはっきりそれをほんとうかうそか示《しめ》さないのだろう。
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一千九百廿五年十月廿五日
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今日は土性調査《どせいちょうさ》の実習《じっしゅう》だった。僕《ぼく》は第《だい》二|班《はん》の班長で図板《ずばん》をもった。あとは五人でハムマアだの検土杖《けんどじょう》だの試験紙《しけんし》だの塩化加里《えんかカリ》の瓶《びん》だの持《も》って学校を出るときの愉快《ゆかい》さは何とも云《い》われなかった。谷《たに》先生もほんとうに愉快そうだった。六班がみんな思い思いの計画で別々《べつべつ》のコースをとって調査にかかった。僕は郡《ぐん》で調《しら》べたのをちゃんと写《うつ》して予
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