。その方は自分の顔やかたちのいやなことをいいことにして、一つ一銭のマッチを十円ずつに家ごと押しつけてあるく。悪いやつだ。監獄《かんごく》に連れて行くからそう思え。」
 するとそのいやなものは泣き出しました。
「巡査さん。それはひどいよ。僕《ぼく》はいくらお金を貰《もら》ったって自分で一銭もとりはしないんだ。みんな親方がしまってしまうんだよ。許してお呉れ。許してお呉れ。」
 ネネムが云いました。
「そうか。するとお前は毎日ただ引っぱり廻《まわ》されて稼《かせ》がせられる丈《だ》けだな。」
「そうだよ、そうだよ。僕を太夫《たいふ》さんだなんて云いながら、ひどい目にばかりあわすんだよ。ご飯さえ碌《ろく》に呉れないんだよ。早く親方をつかまえてお呉れ。早く、早く。」今度はそのいやなものが俄《にわ》かに元気を出しました。
 そこで
「あの車のとこに居るものを引っくくれ。」とネネムが云いました。丁度出て来た巡査が三人ばかり飛んで行って、車にポカンと腰掛けて居た黒い硬いばけものを、くるくるくるっと縛《しば》ってしまいました。ネネムはいやなものと一緒《いっしょ》にそっちへ行きました。
「こら。きさまはこ
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