五歳。アツレキ三十一年七月一日夜、表、アフリカ、コンゴオの林中の空地に於て故なくして擅《ほしいまま》に出現、舞踏《ぶとう》中の土地人を恐怖《きょうふ》散乱せしめたる件。」
「よろしい、わかった。」とネネムは云いました。
「姓名年齢その通りに相違ないか。」
「へい。その通りです。」
「その方はアツレキ三十一年七月一日夜、アフリカ、コンゴオの林中空地に於て、故なくして擅に出現、折柄《おりから》月明によって歌舞、歓をなせる所の一群を恐怖散乱せしめたことは、しかとその通りにちがいないか。」
「全くその通りです。」
「よろしい。何の目的で出現したのだ。既《すで》に法律上故なく擅となってあるが、その方の意中を今一応|尋《たず》ねよう。」
「へい。その実は、あまり面白《おもしろ》かったもんですから。へい。どうも相済みません。あまり面白かったんで。ケロ、ケロ、ケロ、ケロロ、ケロ、ケロ。」
「控《ひか》えろ。」
「へい。全くどうも相済みません。恐《おそ》れ入りました。」
「うん。お前は、最《もっとも》明らかな出現罪である。依って明日より二十二日間、ムッセン街道の見まわりを命ずる。今後ばけものの世界長の許可なくして、妄《みだ》りに向側に出現いたしてはならんぞ。」
「かしこまりました。ありがとうございます。」そのばけものも引っ込みました。
「実に名断だ。いい判決だね。」とみんなささやき合いました。その時向うの窓がガタリと開いて
「どうだ、いい裁判長だろう。みんな感心したかい。」と云う声がしました。それはさっきの灰色の一メートルある顔、フゥフィーボー先生でした。
「ブラボオ。フゥフィーボー博士。ブラボオ。」と判事も検事もみんな怒鳴《どな》りました。その時はもう博士の顔は消えて窓はガタンとしまりました。
そこでネネムは自分の室《へや》に帰って白いちぢれ毛のかつらを除《と》りました。それから寝《ね》ました。
あとはあしたのことです。
三、ペンネンネンネンネン・ネネムの巡視《じゅんし》
ばけもの世界裁判長になったペンネンネンネンネン・ネネムは、次の朝六時に起きて、すぐ部下の検事を一人呼びました。
「今日は何時に公判の運びになっているか。」
「本日もやはり晩の七時から二件だけございます。」
「そうか。よろしい。それでは今朝は八時から世界長に挨拶《あいさつ》に出よう。それからすぐ巡視だ。みんなその支度《したく》をしろ。」
「かしこまりました。」
そこでペンネンネンネンネン・ネネムは、燕麦《オート》を一|把《わ》と、豆汁《まめじる》を二リットルで軽く朝飯をすまして、それから三十人の部下をつれて世界長の官邸に行きました。
ばけもの世界長は、もう大広間の正面に座って待っています。世界長は身のたけ百九十尺もある中世代の瑪瑙木《めのうぼく》でした。
ペンネンネンネンネン・ネネムは、恭々しく進んで片膝《かたひざ》を床につけて頭を下げました。
「ペンネンネンネンネン・ネネム裁判長はおまえであるか。」
「さようでございます。永久に忠勤を誓《ちか》い奉《たてまつ》ります。」
「うん。しっかりやって呉《く》れ。ゆうべの裁判のことはもう聞いた。それに今朝はこれから巡視に出るそうだな。」
「はい。恐れ入ります。」
「よろしい。どうかしっかりやって呉れ。」
「かしこまりました。」
そこでペンネンネンネンネン・ネネムは又うやうやしく世界長に礼をして、後戻《あともど》りして退きました。三十人の部下はもう世界長の首尾がいいので大喜びです。
ペンネンネンネンネン・ネネムも大機嫌《だいきげん》でそれから町を巡視しはじめました。
ばけもの世界のハンムンムンムンムン・ムムネ市の盛《さか》んなことは、今日とて少しも変りません。億百万のばけものどもは、通り過ぎ通りかかり、行きあい行き過ぎ、発生し消滅《しょうめつ》し、聨合《れんごう》し融合《ゆうごう》し、再現し進行し、それはそれは、実にどうも見事なもんです。ネネムもいまさらながら、つくづくと感服いたしました。
その時向うから、トッテントッテントッテンテンと、チャリネルという楽器を叩《たた》いて、小さな赤い旗をたてた車が、ほんの少しずつこっちへやって来ました。見物のばけものがまるで赤山のようにそのまわりについて参ります。
ペンネンネンネンネン・ネネムは、行きあいながらふと見ますと、その赤い旗には、白くフクジロと染め抜いてあって、その横にせいの高さ三尺ばかりの、顔がまるでじじいのように皺《しわ》くちゃな殊《こと》に鼻が一尺ばかりもある怖《こわ》い子供のようなものが、小さな半ずぼんをはいて立ち、車を引っ張っている黒い硬《かた》いばけものから、「フクジロ印」という商標のマッチを、五つばかり受け取っていました。ネネムは何をするのかと
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