ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記
宮沢賢治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)琥珀《こはく》色

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)何日|経《た》ったか

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ばけもの麦[#「ばけもの麦」に傍線]
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   一、ペンネンネンネンネン・ネネムの独立

 〔冒頭原稿数枚焼失〕のでした。実際、東のそらは、お「キレ」さまの出る前に、琥珀《こはく》色のビールで一杯《いっぱい》になるのでした。ところが、そのまま夏になりましたが、ばけものたちはみんな騒《さわ》ぎはじめました。
 そのわけ〔十七字不明〕ばけもの麦[#「ばけもの麦」に傍線]も一向みのらず、大〔六字不明〕が咲いただけで一つぶも実になりませんでした。秋になっても全くその通〔七字不明〕栗《くり》の木さえ、ただ青いいがばかり、〔八字不明〕飢饉《ききん》になってしまいました。
 その年は暮れましたが、次の春になりますと飢饉はもうとてもひどくなってしまいました。
 ネネムのお父さん、森の中の青ばけものは、ある日頭をかかえていつまでもいつまでも考えていましたが、急に起きあがって、
「おれは森へ行って何かさがして来るぞ。」と云《い》いながら、よろよろ家を出て行きましたが、それなりもういつまで待っても帰って来ませんでした。たしかにばけもの世界の天国に、行ってしまったのでした。
 ネネムのお母さんは、毎日目を光らせて、ため息ばかり吐《つ》いていましたが、ある日ネネムとマミミとに、
「わたしは野原に行って何かさがして来るからね。」と云って、よろよろ家を出て行きましたが、やはりそれきりいつまで待っても帰って参りませんでした。たしかにお母さんもその天国に呼ばれて行ってしまったのでした。
 ネネムは小さなマミミとただ二人、寒さと飢《う》えとにガタガタふるえて居《お》りました。
 するとある日戸口から、
「いや、今日は。私はこの地方の飢饉を救《たす》けに来たものですがね、さあ何でも喰《た》べなさい。」と云いながら、一人の目の鋭《するど》いせいの高い男が、大きな籠《かご》の中に、ワップルや葡萄《ぶどう》パンや、そのほかうまいものを沢山《たくさん》入れて入って来たのでした。
 二人はまるで籠を引ったくるようにして、ムシャムシャムシャムシャ、沢山喰べてから、やっと、
「おじさんありがとう。ほんとうにありがとうよ。」なんて云ったのでした。
 男は大へん目を光らせて、二人のたべる処《ところ》をじっと見て居りましたがその時やっと口を開きました。
「お前たちはいい子供だね。しかしいい子供だというだけでは何にもならん。わしと一緒《いっしょ》においで。いいとこへ連れてってやろう。尤《もっと》も男の子は強いし、それにどうも膝《ひざ》やかかとの骨が固まってしまっているようだから仕方ないが、おい、女の子。おじさんとこへ来ないか。一日いっぱい葡萄パンを喰べさしてやるよ。」
 ネネムもマミミも何とも返事をしませんでしたが男はふいっとマミミをお菓子《かし》の籠の中へ入れて、
「おお、ホイホイ、おお、ホイホイ。」と云いながら俄《にわ》かにあわてだして風のように家を出て行きました。
 何のことだかわけがわからずきょろきょろしていたマミミ〔一字不明〕、戸口を出てからはじめてわっと泣き出しネネムは、
「どろぼう、どろぼう。」と泣きながら叫《さけ》んで追いかけましたがもう男は森を抜《ぬ》けてずうっと向うの黄色な野原を走って行くのがちらっと見えるだけでした。マミミの声が小さな白い三角の光になってネネムの胸にしみ込《こ》むばかりでした。
 ネネムは泣いてどなって森の中をうろうろうろうろはせ歩きましたがとうとう疲《つか》れてばたっと倒《たお》れてしまいました。
 それから何日|経《た》ったかわかりません。
 ネネムはふっと目をあきました。見るとすぐ頭の上のばけもの栗の木がふっふっと湯気を吐《は》いていました。
 その幹に鉄のはしごが両方から二つかかって二人の男が登って何かしきりにつなをたぐるような網《あみ》を投げるようなかたちをやって居りました。
 ネネムは起きあがって見ますとお「キレ」さまはすっかりふだんの様になっておまけにテカテカして何でも今朝あたり顔をきれいに剃《そ》ったらしいのです。
 それにかれ草がほかほかしてばけものわらび[#「ばけものわらび」に傍線]などもふらふらと生え出しています。ネネムは飛んで行ってそれをむしゃむしゃたべました。するとネネムの頭の上でいやに平べったい声がしました。
「おい。子供。やっと目がさめたな。まだお前は飢饉のつもりかい。もうじき夏になるよ。すこしおれに手伝わないか。」
 見るとそれは実に立派なばけもの紳士《
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