して舞台へおあがりになったのかな。」
 ネネムはその顔をじっと見ました。それこそはあの飢饉《ききん》の年マミミをさらった黒い男でした。
「黙《だま》れ。忘れたか。おれはあの飢饉の年の森の中の子供だぞ。そしておれは今は世界裁判長だぞ。」
「それは大へんよろしい。それだからわしもあの時男の子は強いし大丈夫《だいじょうぶ》だと云ったのだ。女の子の方は見ろ。この位立派になっている。もうスタアと云うものになってるぞ。お前も裁判長ならよく裁判して礼をよこせ。」
「しかしお前は何故《なぜ》しんこ細工を興業するか。」
「いや。いやいややや。それは実に野蛮《やばん》の遺風だな。この世界がまだなめくじでできていたころの遺風だ。」
「するとお前の処《ところ》じゃしんこ細工の興業はやらんな。」
「勿論《もちろん》さ。おれのとこのはみんな美学にかなっている。」
「いや。お前は偉《えら》い。それではマミミを返して呉れ。」
「いいとも。連れて行きなさい。けれども本人が望みならまた寄越《よこ》して呉れ。」
「うん。」
 どうです。とうとうこんな変なことになりました。これというのもテジマアのばけもの格[#「ばけもの格」に傍線]が高いからです。
 とにかくそこでペンネンネンネンネン・ネネムはすっかり安心しました。

   五、ペンネンネンネンネン・ネネムの出現

 ペンネンネンネンネン・ネネムは独立もしましたし、立身もしましたし、巡視《じゅんし》もしましたし、すっかり安心もしましたから、だんだんからだも肥《ふと》り声も大へん重くなりました。
 大抵の裁判はネネムが出て行って、どしりと椅子《いす》にすわって物を云おうと一寸|唇《くちびる》をうごかしますと、もうちゃんときまってしまうのでした。
 さて、ある日曜日、ペンネンネンネンネン・ネネムは三十人の部下をつれて、銀色の袍《ほう》をひるがえしながら丘へ行きました。
 クラレという百合《ゆり》のような花が、まっ白にまぶしく光って、丘にもはざまにもいちめん咲いて居りました。ネネムは草に座って、つくづくとまっ青な空を見あげました。
 部下の判事や検事たちが、その両側からぐるっと環《わ》になってならびました。
「どうだい。いい天気じゃないか。
 ここへ来て見るとわれわれの世界もずいぶんしずかだね。」ネネムが云いました。
 みんなの影法師《かげぼうし》が草にまっ黒
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