喰べてから、やっと、
「おじさんありがとう。ほんとうにありがとうよ。」なんて云ったのでした。
 男は大へん目を光らせて、二人のたべる処《ところ》をじっと見て居りましたがその時やっと口を開きました。
「お前たちはいい子供だね。しかしいい子供だというだけでは何にもならん。わしと一緒《いっしょ》においで。いいとこへ連れてってやろう。尤《もっと》も男の子は強いし、それにどうも膝《ひざ》やかかとの骨が固まってしまっているようだから仕方ないが、おい、女の子。おじさんとこへ来ないか。一日いっぱい葡萄パンを喰べさしてやるよ。」
 ネネムもマミミも何とも返事をしませんでしたが男はふいっとマミミをお菓子《かし》の籠の中へ入れて、
「おお、ホイホイ、おお、ホイホイ。」と云いながら俄《にわ》かにあわてだして風のように家を出て行きました。
 何のことだかわけがわからずきょろきょろしていたマミミ〔一字不明〕、戸口を出てからはじめてわっと泣き出しネネムは、
「どろぼう、どろぼう。」と泣きながら叫《さけ》んで追いかけましたがもう男は森を抜《ぬ》けてずうっと向うの黄色な野原を走って行くのがちらっと見えるだけでした。マミミの声が小さな白い三角の光になってネネムの胸にしみ込《こ》むばかりでした。
 ネネムは泣いてどなって森の中をうろうろうろうろはせ歩きましたがとうとう疲《つか》れてばたっと倒《たお》れてしまいました。
 それから何日|経《た》ったかわかりません。
 ネネムはふっと目をあきました。見るとすぐ頭の上のばけもの栗の木がふっふっと湯気を吐《は》いていました。
 その幹に鉄のはしごが両方から二つかかって二人の男が登って何かしきりにつなをたぐるような網《あみ》を投げるようなかたちをやって居りました。
 ネネムは起きあがって見ますとお「キレ」さまはすっかりふだんの様になっておまけにテカテカして何でも今朝あたり顔をきれいに剃《そ》ったらしいのです。
 それにかれ草がほかほかしてばけものわらび[#「ばけものわらび」に傍線]などもふらふらと生え出しています。ネネムは飛んで行ってそれをむしゃむしゃたべました。するとネネムの頭の上でいやに平べったい声がしました。
「おい。子供。やっと目がさめたな。まだお前は飢饉のつもりかい。もうじき夏になるよ。すこしおれに手伝わないか。」
 見るとそれは実に立派なばけもの紳士《
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