居た。(いよいよ明日だ、それがあの、証書の死亡ということか。いよいよ明日だ、明日なんだ。一体どんな事だろう、つらいつらい。)あんまり豚はつらいので、頭をゴツゴツ板へぶっつけた。
 そのひるすぎに又助手が、小使と二人やって来た。そしてあの二つの鉄環《てつわ》から、豚の足を解いて助手が云う。
「いかがです、今日は一つ、お風呂《ふろ》をお召《め》しなさいませ。すっかりお仕度《したく》ができて居ます。」
 豚がまだ承知とも、何とも云わないうちに、鞭《むち》がピシッとやって来た。豚は仕方なく歩き出したが、あんまり肥ってしまったので、もううごくことの大儀《たいぎ》なこと、三足で息がはあはあした。
 そこへ鞭がピシッと来た。豚はまるで潰《つぶ》れそうになり、それでもようよう畜舎の外まで出たら、そこに大きな木の鉢《はち》に湯が入ったのが置いてあった。
「さあ、この中にお入りなさい。」助手が又一つパチッとやる。豚はもうやっとのことで、ころげ込《こ》むようにしてその高い縁《ふち》を越《こ》えて、鉢の中へ入ったのだ。
 小使が大きなブラッシをかけて、豚のからだをきれいに洗う。そのブラッシをチラッと見て、豚は馬鹿のように叫《さけ》んだ。というわけはそのブラッシが、やっぱり豚の毛でできた。豚がわめいているうちにからだがすっかり白くなる。
「さあ参りましょう。」助手が又、一つピシッと豚をやる。
 豚は仕方なく外に出る。寒さがぞくぞくからだに浸《し》みる。豚はとうとうくしゃみをする。
「風邪《かぜ》を引きますぜ、こいつは。」小使が眼を大きくして云った。
「いいだろうさ。腐《くさ》りがたくて。」助手が苦笑して云った。
 豚が又畜舎へ入ったら、敷藁がきれいに代えてあった。寒さはからだを刺すようだ。それに今朝からまだ何も食べないので、胃ももうからになったらしく、あらしのようにゴウゴウ鳴った。
 豚はもう眼もあけず頭がしんしん鳴り出した。ヨークシャイヤの一生の間のいろいろな恐《おそ》ろしい記憶《きおく》が、まるきり廻《まわ》り燈籠《どうろう》のように、明るくなったり暗くなったり、頭の中を過ぎて行く。さまざまな恐ろしい物音を聞く。それは豚の外で鳴ってるのか、あるいは豚の中で鳴ってるのか、それさえわからなくなった。そのうちもういつか朝になり教舎の方で鐘《かね》が鳴る。間もなくがやがや声がして、生徒が沢山《た
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