に、入ってだんだん腹が重くなる。これが強制肥育だった。
 豚の気持ちの悪いこと、まるで夢中《むちゅう》で一日泣いた。
 次の日教師が又来て見た。
「うまい、肥《ふと》った。効果がある。これから毎日小使と、二人で二度ずつやって呉れ。」
 こんな工合でそれから七日というものは、豚はまるきり外で日が照っているやら、風が吹いてるやら見当もつかず、ただ胃が無暗《むやみ》に重苦しくそれからいやに頬《ほお》や肩《かた》が、ふくらんで来ておしまいは息をするのもつらいくらい、生徒も代る代る来て、何かいろいろ云っていた。
 あるときは生徒が十人ほどやって来てがやがや斯《こ》う云った。
「ずいぶん大きくなったなあ、何貫ぐらいあるだろう。」
「さあ先生なら一目見て、何百目まで云うんだが、おれたちじゃちょっとわからない。」
「比重がわからないからなあ。」
「比重はわかるさ比重なら、大抵《たいてい》水と同じだろう。」
「どうしてそれがわかるんだい。」
「だって大抵そうだろう。もしもこいつを水に入れたら、きっと沈《しず》みも浮《うか》びもしない。」
「いいやたしかに沈まない、きっと浮ぶにきまってる。」
「それは脂肪《しぼう》のためだろう、けれど豚にも骨はある。それから肉もあるんだから、たぶん比重は一ぐらいだ。」
「比重をそんなら一として、こいつは何斗あるだろう。」
「五斗五升はあるだろう。」
「いいや五斗五升などじゃない。少く見ても八斗ある。」
「八斗なんかじゃきかないよ。たしかに九斗はあるだろう。」
「まあ、七斗としよう。七斗なら水一斗が五貫だから、こいつは丁度三十五貫。」
「三十五貫はあるな。」
 こんなはなしを聞きながら、どんなに豚は泣いたろう。なんでもこれはあんまりひどい。ひとのからだを枡《ます》ではかる。七斗だの八斗だのという。
 そうして丁度七日目に又あの教師が助手と二人、並《なら》んで豚の前に立つ。
「もういいようだ。丁度いい。この位まで肥ったらまあ極度だろう。この辺だ。あんまり肥育をやり過ぎて、一度病気にかかってもまたあとまわりになるだけだ。丁度あしたがいいだろう。今日はもう飼《えさ》をやらんでくれ。それから小使と二人してからだをすっかり洗って呉れ。敷藁《しきわら》も新らしくしてね。いいか。」
「承知いたしました。」
 豚はこれらの問答を、もう全身の勢力で耳をすまして聴《き》いて
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