ました。その人は少しニュウファウンドのなまりを入れて演説をはじめました。
「異教論難に対し私はプログラムに許されてある通り宗教演説を以て答えようと思うのであります。
ヘルシウム・マットン博士の御所説は実に三段論法の典型であります。まず博士の神学を挙げて二度これを満場に承認せしめこれを以て大前提とし次にビジテリアンがこれに背《そむ》くことを述べて小前提とし最後にビジテリアンが故に神に背《そむ》くことを断定し菜食なる小善の故に神に背くの大罪を犯《おか》すことを暗示|致《いた》されました。実に簡潔|明瞭《めいりょう》なる所論であります。
然《しか》るにこの典型的論理に私が多少疑問あることは最《もっとも》遺憾《いかん》に存ずる次第であります。
第一に博士の一九二〇年代に適するようにクリスト教旧神学中より抽出《ひきだ》されました簡潔の神学はただこの語《ことば》だけで見ますればこれいかにも適当であります。今日|此処《ここ》に集まりました人人はあながちクリスト教徒ばかりではありません、されどいずれの宗教に於《おい》てもこれを云わんと欲《ほっ》するものであります。但《ただ》しこれ敢《あえ》て博士
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