。これは何としても否定することができない。元来食事はただ営養をとる為のものでなく又一種の享楽《きょうらく》である。享楽と云うよりは欠くべからざる精神爽快剤《レフレッシュメント》である。労働に疲《つか》れ種々の患難《かんなん》に包まれて意気銷沈《いきしょうちん》した時には或《あるい》は小さな歌謡《かよう》を口吟《くちずさ》む、談笑する音楽を聴《き》く観劇や小遠足にも出ることが大へん効果あるように食事も又一の心身回復剤である。この快楽を菜食ならば著しく減ずると思う。殊に愉快に食べたものならば実際消化もいいのだ。これをビジテリアン諸氏はどうお考《かんがえ》であるか伺《うかが》いたい。」
大へん温和《おとな》しい論旨《ろんし》でしたので私たちは実際本気に拍手しました。すると私たちの席から三人ばかり祭司次長の方へ手をあげて立った人がありましたが祭司次長は一番前の老人を招きました。その人は白髯《しろひげ》でやはり牧師らしい黒い服装《ふくそう》をしていましたが壇に昇《のぼ》って重い調子で答えたのでした。
「只今《ただいま》の御質疑に答えたいと存じます。
植物性の脂肪や蛋白質の消化があまりよくない
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