で、私たちは、俄《にわ》かに元気がついて、まるで一息にその峠をかけ下りました。トルコ人たちは脚《あし》が長いし、背嚢《はいのう》を背負って、まるで磁石《じしゃく》に引かれた砂鉄とい〔以下原稿数枚なし〕

そうにあたりの風物をながめながら、三人や五人ずつ、ステッキをひいているのでした。婦人たちも大分ありました。又|支那《しな》人かと思われる顔の黄いろな人とも会いました。私はじっとその顔を見ました。向うでも立ちどまってしまいました。けれどもその日はとうとう話しかけるでもなく、別れてしまいましたが、その人がやはりビジテリアンで、大祭に来たものなことは疑《うたがい》もありませんでした。私たちは教会に来ました。教会は粗末《そまつ》な漆喰造《しっくいづく》りで、ところどころ裂罅割《ひびわ》れていました。多分はデビスさんの自分の家だったのでしょうが、ずいぶん大きいことは大きかったのです。旗や電燈が、ひのきの枝ややどり木などと、上手に取り合せられて装飾《そうしょく》され、まだ七八人の人が、せっせと明後日《あさって》の仕度《したく》をして居りました。
 私たちは教会の玄関《げんかん》に立って、ベルを押《お》しました。
 すぐ赭《あか》ら顔の白髪《はくはつ》の元気のよさそうなおじいさんが、かなづちを持ってよこの室《へや》から顔〔以下原稿数枚なし〕

が、桃《もも》いろの紙に刷られた小さなパンフレットを、十枚ばかり持って入って来ました。
「お早うございます。なあに却《かえ》って御愛嬌《ごあいきょう》ですよ。」
「お早うございます。どうか一枚拝見。」
 私はパンフレットを手にとりました。それは今ももっていますが斯《こ》う書いてあったのです。
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「◎偏狭《へんきょう》非文明的なるビジテリアンを排《はい》す。
マルサスの人口論は、今日定性的には誰も疑うものがない。その要領は人類の居住すべき世界の土地は一定である、又その食料品は等差級数的に増加するだけである、然《しか》るに人口は等比級数的に多くなる。則《すなわ》ち人類の食料はだんだん不足になる。人類の食料と云えば蓋《けだ》し動物植物鉱物の三種を出《い》でない。そのうち鉱物では水と食塩とだけである。残りは植物と動物とが約半々を占《し》める。ところが茲《ここ》にごく偏狭な陰気《いんき》な考の人間の一群があって、動物は可哀《かあ
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