中から髪《かみ》を長くしたせいの低い男がいきなり異教席を立って壇に登りました。
「私はやはりシカゴ畜産組合の技師です。諸君、今朝のマルサス人口論を基とした議論は読んで下すったでしょう。どうですそれにちがいありますまい。地球上の人類の食物の半分は動物で半分は植物です。そのうち動物を喰《た》べないじゃ食物が半分になる。たださえ食物が足りなくて戦争だのいろいろ騒動《そうどう》が起ってるのに更にそれを半分に縮減しようというのはどんなほかに立派な理くつがあっても正気の沙汰《さた》と思われない。人間の半分十億人が食物がなくて死んでしまう、死ぬ前にはいろいろ大騒ぎが起るその時ビジテリアンたちはどうします。自分たちの起した戦争の中へはいってわれらの敵国を打ち亡《ほろ》ぼせと云って鉄砲《てっぽう》や剣を持って突貫《とっかん》しますか。それともああこんな筈《はず》じゃなかった神よと云ってみんな一緒《いっしょ》にナイヤガラかどこかへ飛び込みますか。そんなことをしたって追い付きません。いや、それよりもこんなことになるのはどこの国の政治家でもすぐわかる、これはいかんと云うわけでお気の毒ながら諸君をみんな終身|懲役《ちょうえき》にしちまいます。まさか死刑《しけい》にはなりますまいが終身懲役だってそんないいもんじゃありませんよ。どうです。今のうち懺悔《ざんげ》してやめてしまっては。」
 拍手も笑声も起りました。私たちの方から若い背広の青年が立って行きました。
「あの人は私は知ってますよ。ニュウヨウクで二三|遍《べん》話したんです。大学生です。」
 その青年は少し激昂《げっこう》した風で演説し始めました。
「ご質問に対してできるだけ簡単にお答えしようと思います。
 人類の食料は動物と植物と約半々だ。そのうち動物を食べないじゃ食料が半分に減る。いかにもご尤なお考ではありますが大分乱暴な処もある様であります。動物と植物と半々だ、これがまずいけません。半々というのは何が半々ですか。多分は目方でお測りになるおつもりか知れませんが目方で比較《ひかく》なさるのは大へんご損です。食物の中で消化される分の熱量ででもご比較になったら割合正確だろうと存じます。そう云うふうにしますと一般に動物質の方が消化率も大きいのでありますからよほどお得になります。お得にはなりますがとてもとても半々なんというわけには参りますまい。こ
前へ 次へ
全38ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング