ました。それには白い字でシカゴ畜産《ちくさん》組合と書いてありました。六人の、髪《かみ》をまるで逆立てた人たちが、シャツだけになって、顔をまっ赤にして、何か叫《さけ》びながら鼠色《ねずみいろ》や茶いろのビラを撒《ま》いて行きました。その鼠いろのを私は一枚手にとりました。それには赤い字で斯《こ》う書いてありました。
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「◎偏狭非学術的なるビジテリアンを排せ。
ビジテリアンの主張は全然|誤謬《ごびゅう》である。今この陰気な非学術的思想を動物心理学的に批判して見よう。
ビジテリアンたちは動物が可哀そうだから食べないという。動物が可哀そうだということがどうしてわかるか。ただこっちが可哀そうだと思うだけである。全体|豚《ぶた》などが死というような高等な観念を持っているものではない。あれはただ腹が空《へ》った、かぶらの茎《くき》、噛《か》みつく、うまい、厭《あ》きた、ねむり、起きる、鼻がつまる、ぐうと鳴らす、腹がへった、麦糠《むぎぬか》、たべる、うまい、つかれた、ねむる、という工合《ぐあい》に一つずつの小さな現在が続いて居るだけである。殺す前にキーキー叫ぶのは、それは引っぱられたり、たたかれたりするからだ、その証拠《しょうこ》には、殺すつもりでなしに、何か鶏卵《けいらん》の三十も少し遠くの方でご馳走《ちそう》をするつもりで、豚の足に縄《なわ》をつけて、ひっぱって見るがいいやっぱり豚はキーキー云う。こんな訳だから、ほんとうに豚を可哀そうと思うなら、そうっと怒《おこ》らせないように、うまいものをたべさせて置いて、にわかに熱湯にでもたたき込んでしまうがいい、豚は大悦びだ、くるっと毛まで剥《む》けてしまう。われわれの組合では、この方法によって、沢山《たくさん》の豚を悦ばせている。ビジテリアンたちは、それを知らない。自分が死ぬのがいやだから、ほかの動物もみんなそうだろうと思うのだ。あんまり子供らしい考である。」
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私は無理に笑おうと思いましたが何だか笑えませんでした。地学博士も黄いろなパンフレットを読んでしまって少し変な顔をしていました。私たちは目を見合せました。それからだまってお互《たがい》のパンフレットをとりかえました。黄色なパンフレットには斯う書いてあったのです。
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「◎偏狭非学術的なビジテリアンを排せ。
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