着せたように、
「今晩は、お約束どおり来てあげましたよ。」と言いました。
 ねずみ捕りは少しむっとしたが、無理にこらえて、
「さあ、食べなさい。」とだけ言いました。
 ツェねずみはプイッとはいって、ピチャピチャピチャッと食べて、またプイッと出て来て、それから大風《おおふう》に言いました。
「じゃ、あした、また、来て食べてあげるからね。」
「ブウ。」とねずみ捕りは答えました。
 次の朝、下男が来て見て、ますますおこって言いました。
「えい。ずるいねずみだ。しかし、毎晩、そんなにうまくえさだけ取られるはずがない。どうも、このねずみ捕りめは、ねずみからわいろをもらったらしいぞ。」
「もらわん。もらわん。あんまり人を見そこなうな。」とねずみ捕りはどなりましたが、もちろん、下男の耳には聞こえません。きょうも腐った半ぺんをくっつけていきました。
 ねずみ捕りは、とんだ疑いを受けたので、一日ぷんぷんおこっていました。夜になりました。ツェねずみが出て来て、さも大儀《たいぎ》らしく言いました。
「あああ、毎日ここまでやって来るのも、並みたいていのこっちゃない。それにごちそうといったら、せいぜい魚《さかな》の頭だ。いやになっちまう。しかしまあ、せっかく来たんだからしかたない。食ってやるとしようか。ねずみ捕りさん。今晩は。」
 ねずみ捕りは、はりがねをぷりぷりさせておこっていましたので、ただ一こと、
「お食べ。」と言いました。ツェねずみはすぐプイッと飛びこみましたが、半ぺんのくさっているのを見て、おこって叫びました、。
「ねずみとりさん。あんまりひどいや。この半ぺんはくさってます。僕のような弱いものをだますなんて、あんまりだ。償《まど》ってください。償ってください。」
 ねずみ捕りは、思わず、はり金をりゅうりゅうと鳴らすくらい、おこってしまいました。そのりゅうりゅうが悪かったのです。
「ピシャッ。シインン。」えさについていたかぎがはずれて、ねずみ捕りの入り口が閉じてしまいました。さあもうたいへんです。
 ツェねずみはきちがいのようになって、
「ねずみ捕りさん。ひどいや。ひどいや。うう、くやしい。ねずみ捕りさん。あんまりだ。」と言いながら、はりがねをかじるやら、くるくるまわるやら、地だんだふむやら、わめくやら、泣くやら、それはそれは大さわぎです。それでも、償ってください、償ってくださいは、もう言う力がありませんでした。
 ねずみ捕りの方も、痛いやら、しゃくにさわるやら、ガタガタ、ブルブル、リュウリュウとふるえました。一晩そうやってとうとう朝になりました。
 顔のまっ赤《か》な下男が来て見て、こおどりして言いました。
「しめた。しめた。とうとう、かかった。意地の悪そうなねずみだな。さあ、出て来い。こぞう。」



底本:「童話集 銀河鉄道の夜 他十四編」岩波文庫、岩波書店
   1951(昭和26)年10月25日第1刷発行
   1966(昭和41)年7月16日第18刷改版発行
   2000(平成12)年5月25日改版第71刷発行
入力:のぶ
校正:noriko saito
2005年5月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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