た。
「柱さん。お前もずいぶんひどい人だ。僕のような弱いものをこんな目にあわすなんて。」
 柱はいかにも申しわけがないと思ったので、
「ねずみさん、すまなかった。ゆるしてください。」と一生けん命わびました。
 ツェねずみは図にのって、
「許してくれもないじゃないか。お前さえあんなこしゃくなさしずをしなければ、私はこんな痛い目にもあわなかったんだよ。償《まど》っておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれよ。」
「そんなことを言ったって困るじゃありませんか。許してくださいよ。」
「いいや、弱いものをいじめるのは私はきらいなんだから、償っておくれ。償っておくれ。さあ、償っておくれ。」
 柱は困ってしまって、おいおい泣きました。そこでねずみも、しかたなく、巣へかえりました。それからは、柱はもうこわがって、ねずみに口をききませんでした。
 さてそののちのことですが、ちりとりはある日、ツェねずみに半分になった最中《もなか》を一つやりました。するとちょうどその次の日、ツェねずみはおなかが痛くなりました。さあ、いつものとおりツェねずみは、まどっておくれを百ばかりも、ちりとりに言いました。ちりとりもあきれて、もうねずみとの交際はやめました。
 また、そののちのことですが、ある日バケツはツェねずみに、せんたくソーダのかけらをすこしやって、
「これで毎朝お顔をお洗いなさい。」と言いましたら、ねずみはよろこんで次の日から、毎日それで顔を洗っていましたが、そのうちにねずみのおひげが十本ばかり抜けました。さあツェねずみは、さっそくバケツへやって来て、償《まど》っておくれ償っておくれを、二百五十ばかり言いました。しかしあいにくバケツにはおひげもありませんでしたし、償うわけにも行かず、すっかり参ってしまって、泣いてあやまりました。そして、もうそれからは、ちょっとも口をききませんでした。
 道具仲間は、みんな順ぐりにこんなめにあって、こりてしまいましたので、ついにはだれもツェねずみの顔を見るといそいでわきの方を向いてしまうのでした。
 ところがその道具仲間に、ただ一人だけ、まだツェねずみとつきあってみないものがありました。
 それは針がねを編んでこさえたねずみ捕《と》りでした。
 ねずみ捕りは全体、人間の味方なはずですが、ちかごろは、どうも毎日の新聞にさえ、猫《ねこ》といっしょにお払い物という札をつけた絵にまでして、広告されるのですし、そうでなくても、元来人間は、この針金のねずみ捕りを、一ぺんも優待したことはありませんでした。ええ、それはもうたしかにありませんとも。それに、さもさわるのさえきたないようにみんなから思われています。それですから実は、ねずみ捕りは人間よりはねずみの方に、よけい同情があるのです。けれども、たいていのねずみはなかなかこわがって、そばへやって参りません。ねずみ捕りは、毎日やさしい声で、
「ねずちゃん、おいで。今夜のごちそうはあじのおつむだよ。お前さんの食べる間、わたしはしっかり押えておいてあげるから。ね、安心しておいで。入り口をパタンとしめるようなそんなことをするもんかね。わたしも人間にはもうこりこりしてるんだから。おいでよ。そら。」
 なんてねずみを呼びかけますが、ねずみはみんな、
「へん、うまく言ってらあ。」とか、
「へい、へい。よくわかりましてございます。いずれ、おやじや、せがれとも相談の上で。」とか言ってそろそろ逃げて行ってしまいます。
 そして朝になると、顔のまっ赤《か》な下男《げなん》が来て見て、
「またはいらない。ねずみももう知ってるんだな。ねずみの学校で教えるんだな。しかしまあもう一日だけかけてみよう。」と言いながら、新しいえさととりかえるのでした。
 今夜も、ねずみ捕りは叫びました。
「おいでおいで。今夜はやわらかな半ぺんだよ。えさだけあげるよ。大丈夫さ。早くおいで。」
 ツェねずみが、ちょうど通りかかりました。そして、
「おや、ねずみ捕りさん、ほんとうにえさだけをくださるんですか。」と言いました。
「おや、お前は珍しいねずみだね。そうだよ。えさだけあげるんだよ。そら、早くお食べ。」
 ツェねずみはプイッと中にはいって、むちゃむちゃむちゃっと半ぺんを食べて、またプイッと外へ出て言いました。
「おいしかったよ。ありがとう。」
「そうかい。よかったね。またあすの晩おいで。」
 次の朝、下男が来て見ておこって言いました。
「えい。えさだけとって行きやがった。ずるいねずみだな。しかしとにかく中にはいったというのは感心だ。そら、きょうは鰯《いわし》だぞ。」
 そして鰯を半分つけて行きました。
 ねずみ捕りは、鰯をひっかけて、せっかくツェねずみの来るのを待っていました。
 夜になって、ツェねずみはすぐ出て来ました。そしていかにも恩に
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