の方へ延《の》ばしながら、ほんのかすかに、ひとりごとを言《い》いました。
「今朝《けさ》は伯母《おば》さんたちもきっとこっちの方を見ていらっしゃるわ」
シグナレスはいつまでもいつまでも、そっちに気をとられておりました。
「カタン」
うしろの方のしずかな空で、いきなり音がしましたのでシグナレスは急《いそ》いでそっちをふり向《む》きました。ずうっと積《つ》まれた黒い枕木《まくらぎ》の向こうに、あの立派《りっぱ》な本線《ほんせん》のシグナル柱《ばしら》が、今はるかの南から、かがやく白けむりをあげてやって来る列車《れっしゃ》を迎《むか》えるために、その上の硬《かた》い腕《うで》を下げたところでした。
「お早う今朝は暖《あたた》かですね」本線のシグナル柱は、キチンと兵隊《へいたい》のように立ちながら、いやにまじめくさってあいさつしました。
「お早うございます」シグナレスはふし目になって、声を落《お》として答《こた》えました。
「若《わか》さま、いけません。これからはあんなものにやたらに声を、おかけなさらないようにねがいます」本線のシグナルに夜電気を送《おく》る太《ふと》い電信柱《でんしんばしら》がさももったいぶって申《もう》しました。
本線のシグナルはきまり悪《わる》そうに、もじもじしてだまってしまいました。気の弱いシグナレスはまるでもう消《き》えてしまうか飛《と》んでしまうかしたいと思いました。けれどもどうにもしかたがありませんでしたから、やっぱりじっと立っていたのです。
雲の縞《しま》は薄《うす》い琥珀《こはく》の板《いた》のようにうるみ、かすかなかすかな日光が降《ふ》って来ましたので、本線シグナルつきの電信柱はうれしがって、向こうの野原《のはら》を行く小さな荷馬車《にばしゃ》を見ながら低《ひく》い調子《ちょうし》はずれの歌をやりました。
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「ゴゴン、ゴーゴー、
うすい雲から
酒《さけ》が降《ふ》りだす、
酒の中から
霜《しも》がながれる。
ゴゴン、ゴーゴー、
ゴゴン、ゴーゴー、
霜がとければ、
つちはまっくろ。
馬はふんごみ、
人もぺちゃぺちゃ。
ゴゴン、ゴーゴー」
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それからもっともっとつづけざまに、わけのわからないことを歌いました。
その間に本線《ほんせん》のシグナル柱《ばしら》が、
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