婚《けっこん》したいもんですね、早く春になれぁいいんですね、僕のところのぶっきりこに少しも知らせないでおきましょう。そしておいて、いきなり、ウヘン! ああ風でのどがぜいぜいする。ああひどい。ちょっとお話をやめますよ。僕のどが痛《いた》くなったんです。わかりましたか、じゃちょっとさようなら」
 それからシグナルは、ううううと言いながら眼をぱちぱちさせて、しばらくの間だまっていました。
 シグナレスもおとなしく、シグナルののどのなおるのを待《ま》っていました。電信柱《でんしんばしら》どもはブンブンゴンゴンと鳴り、風はひゅうひゅうとやりました。
 シグナルはつばをのみこんだり、ええ、ええとせきばらいをしたりしていましたが、やっとのどの痛《いた》いのがなおったらしく、もう一ぺんシグナレスに話しかけました。けれどもこの時は、風がまるで熊《くま》のように吼《ほ》え、まわりの電信柱《でんしんばしら》どもは、山いっぱいの蜂《はち》の巣《す》をいっぺんにこわしでもしたように、ぐゎんぐゎんとうなっていましたので、せっかくのその声も、半分ばかりしかシグナレスに届《とど》きませんでした。
「ね、僕《ぼく》はもうあなたのためなら、次《つぎ》の汽車の来る時、がんばって腕《うで》を下げないことでも、なんでもするんですからね、わかったでしょう。あなたもそのくらいの決心《けっしん》はあるでしょうね。あなたはほんとうに美《うつく》しいんです、ね、世界《せかい》の中《うち》にだっておれたちの仲間《なかま》はいくらもあるんでしょう。その半分はまあ女の人でしょうがねえ、その中であなたはいちばん美しいんです。もっともほかの女の人僕よく知らないんですけれどね、きっとそうだと思うんですよ、どうです聞こえますか。僕たちのまわりにいるやつはみんなばかですね、のろまですね、僕のとこのぶっきりこが僕が何をあなたに言ってるのかと思って、そらごらんなさい、一生けん命《めい》、目をパチパチやってますよ、こいつときたら全《まった》くチョークよりも形がわるいんですからね、そら、こんどはあんなに口を曲《ま》げていますよ。あきれたばかですねえ、僕の話聞こえますか、僕の……」
「若《わか》さま、さっきから何をべちゃべちゃ言《い》っていらっしゃるのです。しかもシグナレス風情《ふぜい》と、いったい何をにやけていらっしゃるんです」
 いきなり
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