なしっかりしたつかまえどこのあるものかそれとも風や波《なみ》といっしょに次《つぎ》から次と移《うつ》って消《き》えて行くものかそれも私にはわかりません。ただそこから風や草穂《くさぼ》のいい性質《せいしつ》があなたがたのこころにうつって見えるならどんなにうれしいかしれません。
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タネリが指《ゆび》をくわいてはだしで小屋《こや》を出たときタネリのおっかさんは前の草はらで乾《かわ》かした鮭《さけ》の皮《かわ》を継《つ》ぎ合せて上着《うわぎ》をこさえていたのです。「おれ海へ行って孔石《あないし》をひろって来るよ。」とタネリが云《い》いましたらおっかさんは太い縫糸《ぬいいと》を歯《は》でぷつっと切ってそのきれはしをぺっと吐《は》いて云いました。
「ひとりで浜《はま》へ行ってもいいけれど、あすこにはくらげがたくさん落《お》ちている。寒天《かんてん》みたいなすきとおしてそらも見えるようなものがたくさん落ちているからそれをひろってはいけないよ。それからそれで物《もの》をすかして見てはいけないよ。おまえの眼《め》は悪《わる》いものを見ないようにすっかりはらってあるんだから。くらげはそれを消《け》すから。おまえの兄さんもいつかひどい眼《め》にあったから。」「そんなものおれとらない。」タネリは云《い》いながら黒く熟《じゅく》したこけももの間の小さなみちを砂《すな》はまに下りて来ました。波《なみ》がちょうど減《ひ》いたとこでしたから磨《みが》かれたきれいな石は一列《いちれつ》にならんでいました。「こんならもう穴石《あないし》はいくらでもある。それよりあのおっ母《かあ》の云ったおかしなものを見てやろう。」タネリはにがにが笑《わら》いながらはだしでそのぬれた砂をふんで行きました。すると、ちゃんとあったのです。砂の一とこが円《まる》くぽとっとぬれたように見えてそこに指《ゆび》をあててみますとにくにく寒天のようなつめたいものでした。そして何だか指がしびれたようでした。びっくりしてタネリは指を引っ込《こ》めましたけれども、どうももうそれをつまみあげてみたくてたまらなくなりました。拾《ひろ》ってしまいさえしなければいいだろうと思ってそれをすばやくつまみ上げましたら砂がすこしついて来ました。砂をあらってやろうと思ってタネリは潮水《しおみず》の来るとこまで下りて行って待《ま》っていました。間もなく浪《なみ》がどぼんと鳴ってそれからすうっと白い泡《あわ》をひろげながら潮水がやって来ました。タネリはすばやくそれを洗《あら》いましたらほんとうにきれいな硝子《ガラス》のようになって日に光りました。タネリはまたおっかさんのことばを思い出してもう棄《す》ててしまおうとしてあたりを見まわしましたら南の岬《みさき》はいちめんうすい紫《むらさき》いろのやなぎらんの花でちょっと燃《も》えているように見えその向《むこ》うにはとど松《まつ》の黒い緑《みどり》がきれいに綴《つづ》られて何とも云《い》えず立派《りっぱ》でした。あんなきれいなとこをこのめがねですかして見たらほんとうにもうどんなに不思議《ふしぎ》に見えるだろうと思いますとタネリはもう居《い》てもたってもいられなくなりました。思わずくらげをぷらんと手でぶら下げてそっちをすかして見ましたらさあどうでしょう、いままでの明るい青いそらががらんとしたまっくらな穴《あな》のようなものに変《かわ》ってしまってその底《そこ》で黄いろな火がどんどん燃《も》えているようでした。さあ大変《たいへん》と思ってタネリが急《いそ》いで眼《め》をはなしましたがもうそのときはいけませんでした。そらがすっかり赤味《あかみ》を帯《お》びた鉛《なまり》いろに変《かわ》ってい海の水はまるで鏡《かがみ》のように気味《きみ》わるくしずまりました。
おまけに水平線《すいへいせん》の上のむくむくした雲の向《むこ》うから鉛いろの空のこっちから口のむくれた三|疋《びき》の大きな白犬に横《よこ》っちょにまたがって黄いろの髪《かみ》をばさばささせ大きな口をあけたり立てたりし歯《は》をがちがち鳴らす恐《おそ》ろしいばけものがだんだんせり出して昇《のぼ》って来ました。もうタネリは小さくなって恐《おそ》れ入っていましたらそらはすっかり明るくなりそのギリヤークの犬神《いぬがみ》は水平線まですっかりせり出し間もなく海に犬の足がちらちら映《うつ》りながらこっちの方へやって来たのです。
「おっかさん、おっかさん。おっかさん。」タネリは陸《りく》の方へ遁《に》げながら一生けん命《めい》叫《さけ》びました。すると犬神はまるでこわい顔をして口をぱくぱくうごかしました。もうまるでタネリは食われてしまったように思ったのです。「小僧《こぞう》、来い。いまおれのとこのちょうざめの家に下男《
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