なしっかりしたつかまえどこのあるものかそれとも風や波《なみ》といっしょに次《つぎ》から次と移《うつ》って消《き》えて行くものかそれも私にはわかりません。ただそこから風や草穂《くさぼ》のいい性質《せいしつ》があなたがたのこころにうつって見えるならどんなにうれしいかしれません。

       *

 タネリが指《ゆび》をくわいてはだしで小屋《こや》を出たときタネリのおっかさんは前の草はらで乾《かわ》かした鮭《さけ》の皮《かわ》を継《つ》ぎ合せて上着《うわぎ》をこさえていたのです。「おれ海へ行って孔石《あないし》をひろって来るよ。」とタネリが云《い》いましたらおっかさんは太い縫糸《ぬいいと》を歯《は》でぷつっと切ってそのきれはしをぺっと吐《は》いて云いました。
「ひとりで浜《はま》へ行ってもいいけれど、あすこにはくらげがたくさん落《お》ちている。寒天《かんてん》みたいなすきとおしてそらも見えるようなものがたくさん落ちているからそれをひろってはいけないよ。それからそれで物《もの》をすかして見てはいけないよ。おまえの眼《め》は悪《わる》いものを見ないようにすっかりはらってあるんだから。くらげはそれを消《け》すから。おまえの兄さんもいつかひどい眼《め》にあったから。」「そんなものおれとらない。」タネリは云《い》いながら黒く熟《じゅく》したこけももの間の小さなみちを砂《すな》はまに下りて来ました。波《なみ》がちょうど減《ひ》いたとこでしたから磨《みが》かれたきれいな石は一列《いちれつ》にならんでいました。「こんならもう穴石《あないし》はいくらでもある。それよりあのおっ母《かあ》の云ったおかしなものを見てやろう。」タネリはにがにが笑《わら》いながらはだしでそのぬれた砂をふんで行きました。すると、ちゃんとあったのです。砂の一とこが円《まる》くぽとっとぬれたように見えてそこに指《ゆび》をあててみますとにくにく寒天のようなつめたいものでした。そして何だか指がしびれたようでした。びっくりしてタネリは指を引っ込《こ》めましたけれども、どうももうそれをつまみあげてみたくてたまらなくなりました。拾《ひろ》ってしまいさえしなければいいだろうと思ってそれをすばやくつまみ上げましたら砂がすこしついて来ました。砂をあらってやろうと思ってタネリは潮水《しおみず》の来るとこまで下りて行って待《ま》っていま
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング