カイロ団長
宮沢賢治

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)一緒《いっしょ》に

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三十|疋《ぴき》
−−

 あるとき、三十|疋《ぴき》のあまがえるが、一緒《いっしょ》に面白《おもしろ》く仕事をやって居《お》りました。
 これは主に虫仲間からたのまれて、紫蘇《しそ》の実やけしの実をひろって来て花ばたけをこしらえたり、かたちのいい石や苔《こけ》を集めて来て立派なお庭をつくったりする職業《しょうばい》でした。
 こんなようにして出来たきれいなお庭を、私どもはたびたび、あちこちで見ます。それは畑の豆《まめ》の木の下や、林の楢《なら》の木の根もとや、又《また》雨垂《あまだ》れの石のかげなどに、それはそれは上手に可愛《かあい》らしくつくってあるのです。
 さて三十疋は、毎日大へん面白くやっていました。朝は、黄金色《きんいろ》のお日さまの光が、とうもろこしの影法師《かげぼうし》を二千六百寸も遠くへ投げ出すころからさっぱりした空気をすぱすぱ吸って働き出し、夕方は、お日さまの光が木や草の緑を飴色《あめいろ》にうきうきさせるまで歌ったり笑ったり叫《さけ》んだりして仕事をしました。殊《こと》にあらしの次の日などは、あっちからもこっちからもどうか早く来てお庭をかくしてしまった板を起して下さいとか、うちのすぎごけの木が倒《たお》れましたから大いそぎで五六人来てみて下さいとか、それはそれはいそがしいのでした。いそがしければいそがしいほど、みんなは自分たちが立派な人になったような気がして、もう大よろこびでした。さあ、それ、しっかりひっぱれ、いいか、よいとこしょ、おい、ブチュコ、縄《なわ》がたるむよ、いいとも、そらひっぱれ、おい、おい、ビキコ、そこをはなせ、縄を結んで呉《く》れ、よういやさ、そらもう一いき、よおいやしゃ、なんてまあこんな工合《ぐあい》です。
 ところがある日三十疋のあまがえるが、蟻《あり》の公園地をすっかり仕上げて、みんなよろこんで一まず本部へ引きあげる途中《とちゅう》で、一本の桃《もも》の木の下を通りますと、そこへ新らしい店が一|軒《けん》出ていました。そして看板がかかって、
「舶来《はくらい》ウェスキイ 一|杯《ぱい》、二|厘《りん》半。」と書いてありました。
 あまがえるは珍《めず》らしいものですから、ぞろぞろ店の中へはいって行きました。すると店にはうすぐろいとのさまがえるが、のっそりとすわって退くつそうにひとりでべろべろ舌を出して遊んでいましたが、みんなの来たのを見て途方もないいい声で云《い》いました。
「へい、いらっしゃい。みなさん。一寸《ちょっと》おやすみなさい。」
「なんですか。舶来のウェクーというものがあるそうですね。どんなもんですか。ためしに一杯|呑《の》ませて下さいませんか。」
「へい、舶来のウェスキイですか。一杯二厘半ですよ。ようござんすか。」
「ええ、よござんす。」
 とのさまがえるは粟《あわ》つぶをくり抜《ぬ》いたコップにその強いお酒を汲《く》んで出しました。
「ウーイ。これはどうもひどいもんだ。腹がやけるようだ。ウーイ。おい、みんな、これはきたいなもんだよ。咽喉《のど》へはいると急に熱くなるんだ。ああ、いい気分だ。もう一杯下さいませんか。」
「はいはい。こちらが一ぺんすんでからさしあげます。」
「こっちへも早く下さい。」
「はいはい。お声の順にさしあげます。さあ、これはあなた。」
「いやありがとう、ウーイ。ウフッ、ウウ、どうもうまいもんだ。」
「こっちへも早く下さい。」
「はい、これはあなたです。」
「ウウイ。」
「おいもう一杯お呉れ。」
「こっちへ早くよ。」
「もう一杯早く。」
「へい、へい。どうぞお急《せ》きにならないで下さい。折角《せっかく》、はかったのがこぼれますから。へいと、これはあなた。」
「いや、ありがとう、ウーイ、ケホン、ケホン、ウーイうまいね。どうも。」
 さてこんな工合で、あまがえるはお代りお代りで、沢山《たくさん》お酒を呑みましたが、呑めば呑むほどもっと呑みたくなります。
 もっとも、とのさまがえるのウィスキーは、石油|缶《かん》に一ぱいありましたから、粟つぶをくりぬいたコップで一万べんはかっても、一分もへりはしませんでした。
「おいもう一杯おくれ。」
「も一杯お呉れったらよう。早くよう。」
「さあ、早くお呉れよう。」
「へいへい。あなたさまはもう三百二杯目でございますがよろしゅうございますか。」
「いいよう。お呉れったらお呉れよう。」
「へいへい。よければさし上げます。さあ、」
「ウーイ、うまい。」
「おい、早くこっちへもお呉れ。」
 そのうちにあまがえるは、だんだん酔《よい》がまわって来て、あっちでもこっちでも、キーイキーイといびきをかいて寝《ね》てしまいました。
 とのさまがえるはそこでにやりと笑って、いそいですっかり店をしめて、お酒の石油缶にはきちんと蓋《ふた》をしてしまいました。それから戸棚《とだな》からくさりかたびらを出して、頭から顔から足のさきまでちゃんと着込《きこ》んでしまいました。
 それからテーブルと椅子《いす》をもって来て、きちんとすわり込みました。あまがえるはみんな、キーイキーイといびきをかいています。とのさまがえるはそこで小さなこしかけを一つ持って来て、自分の椅子の向う側に置きました。
 それから棚から鉄の棒をおろして来て椅子へどっかり座《すわ》って一ばんはじのあまがえるの緑色のあたまをこつんとたたきました。
「おい。起きな。勘定《かんじょう》を払《はら》うんだよ。さあ。」
「キーイ、キーイ、クヮア、あ、痛い、誰《たれ》だい。ひとの頭を撲《なぐ》るやつは。」
「勘定を払いな。」
「あっ、そうそう。勘定はいくらになっていますか。」
「お前のは三百四十二杯で、八十五銭五厘だ。どうだ。払えるか。」
 あまがえるは財布《さいふ》を出して見ましたが、三銭二厘しかありません。
「何だい。おまえは三銭二厘しかないのか。呆《あき》れたやつだ。さあどうするんだ。警察へ届けるよ。」
「許して下さい。許して下さい。」
「いいや、いかん。さあ払え。」
「ないんですよ。許して下さい。そのかわりあなたのけらいになりますから。」
「そうか。よかろう。それじゃお前はおれのけらいだぞ。」
「へい。仕方ありません。」
「よし、この中にはいれ。」
 とのさまがえるは次の室《へや》の戸を開いてその閉口したあまがえるを押《お》し込んで、戸をぴたんとしめました。そしてにやりと笑って、又どっしりと椅子へ座りました。それから例の鉄の棒を持ち直して、二番目のあま蛙《がえる》の緑青《ろくしょう》いろの頭をこつんとたたいて云いました。
「おいおい。起きるんだよ。勘定だ勘定だ。」
「キーイ、キーイ、クワァ、ううい。もう一杯お呉れ。」
「何をねぼけてんだよ。起きるんだよ。目をさますんだよ。勘定だよ。」
「ううい、あああっ。ううい。何だい。なぜひとの頭をたたくんだい。」
「いつまでねぼけてんだよ。勘定を払え。勘定を。」
「あっ、そうそう。そうでしたね。いくらになりますか。」
「お前のは六百杯で、一円五十銭だよ。どうだい、それ位あるかい。」
 あまがえるはすきとおる位青くなって、財布をひっくりかえして見ましたが、たった一銭二厘しかありませんでした。
「ある位みんな出しますからどうかこれだけに負けて下さい。」
「うん、一円二十銭もあるかい。おや、これはたった一銭二厘じゃないか。あんまり人をばかにするんじゃないぞ。勘定の百分の一に負けろとはよくも云えたもんだ。外国のことばで云えば、一パーセントに負けて呉れと云うんだろう。人を馬鹿にするなよ。さあ払え。早く払え。」
「だって無いんだもの。」
「なきゃおれのけらいになれ。」
「仕方ない。そいじゃそうして下さい。」
「さあ、こっちへ来い。」とのさまがえるはあまがえるを又次の室《へや》に追い込みました。それから又どっかりと椅子へかけようとしましたが何か考えついたらしく、いきなりキーキーいびきをかいているあまがえるの方へ進んで行って、かたっぱしからみんなの財布を引っぱり出して中を改めました。どの財布もみんな三銭より下でした。ただ一つ、いかにも大きくふくれたのがありましたが、開いて見ると、お金が一つぶも入っていないで、椿《つばき》の葉が小さく折って入れてあるだけでした。とのさまがえるは、よろこんで、にこにこにこにこ笑って、棒を取り直し、片っぱしからあまがえるの緑色の頭をポンポンポンポンたたきつけました。さあ、大へん、みんな、
「あ痛っ、あ痛っ。誰だい。」なんて云いながら目をさまして、しばらくきょろきょろきょろきょろしていましたが、いよいよそれが酒屋のおやじのとのさまがえるの仕業《しわざ》だとわかると、もうみな一ぺんに、
「何だい。おやじ。よくもひとをなぐったな。」と云いながら、四方八方から、飛びかかりましたが、何分とのさまがえるは三十がえる力《りき》あるのですし、くさりかたびらは着ていますし、それにあまがえるはみんな舶来ウェスキーでひょろひょろしてますから、片っぱしからストンストンと投げつけられました。おしまいにはとのさまがえるは、十一疋のあまがえるを、もじゃもじゃ堅《かた》めて、ぺちゃんと投げつけました。あまがえるはすっかり恐《おそ》れ入って、ふるえて、すきとおる位青くなって、その辺に平伏《へいふく》いたしました。そこでとのさまがえるがおごそかに云《い》いました。
「お前たちはわしの酒を呑《の》んだ。どの勘定も八十銭より下のはない。ところがお前らは五銭より多く持っているやつは一人もない。どうじゃ。誰かあるか。無かろう。うん。」
 あまがえるは一同ふうふうと息をついて顔を見合せるばかりです。とのさまがえるは得意になって又はじめました。
「どうじゃ。無かろう。あるか。無かろう。そこでお前たちの仲間は、前に二人お金を払うかわりに、おれのけらいになるという約束《やくそく》をしたがお前たちはどうじゃ。」この時です、みなさんもご存じの通り向うの室の中の二|疋《ひき》が戸のすきまから目だけ出してキーと低く鳴いたのは。
 みんなは顔を見合せました。
「どうも仕方ない。そうしようか。」
「そうお願いしよう。」
「どうかそうお願いいたします。」
 どうです。あまがえるなんというものは人のいいものですからすぐとのさまがえるのけらいになりました。そこでとのさまがえるは、うしろの戸をあけて、前の二人を引っぱり出しました。そして一同へおごそかに云いました。
「いいか。この団体はカイロ団ということにしよう。わしはカイロ団長じゃ。あしたからはみんな、おれの命令にしたがうんだぞ。いいか。」
「仕方ありません。」とみんなは答えました。すると、とのさまがえるは立ちあがって、家をぐるっと一まわしまわしました。すると酒屋はたちまちカイロ団長の本宅にかわりました。つまり前には四角だったのが今度は六角形の家になったのですな。
 さて、その日は暮《く》れて、次の日になりました。お日さまの黄金色《きんいろ》の光は、うしろの桃の木の影法師《かげぼうし》を三千寸も遠くまで投げ出し、空はまっ青にひかりましたが、誰もカイロ団に仕事を頼《たの》みに来ませんでした。そこでとのさまがえるはみんなを集めて云いました。
「さっぱり誰も仕事を頼みに来んな。どうもこう仕事がなくちゃ、お前たちを養っておいても仕方ない。俺《おれ》もとうとう飛んだことになったよ。それにつけても仕事のない時に、いそがしい時の仕度《したく》をして置くことが、最必要だ。つまりその仕事の材料を、こんな時に集めて置かないといかんな。ついてはまず第一が木だがな。今日はみんな出て行って立派な木を十本だけ、十本じゃすくない、ええと、百本、百本でもすくないな、千本だけ集めて来い。もし千本集まらなかったらすぐ警察へ訴《うった》えるぞ。貴様らはみんな死刑《しけい》になるぞ。その太い首をスポンと切られるぞ。首が太い
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング