く私を見て訊《たず》ねました。
「私は于※[#もんがまえに真の正字。読みは「タン」]大寺を沙《すな》の中から掘《ほ》り出した青木晃《あおきあきら》というものです。」
「何しに来たんだい。」少しの顔色もうごかさずじっとрフ瞳を見ながらその子はまたこう云いました。
「あなたたちと一緒にお日さまをおがみたいと思ってです。」
「そうですか。もうじきです。」三人は向うを向きました。瓔珞は黄や橙《だいだい》や緑《みどり》の針《はり》のようなみじかい光を射《い》、羅は虹《にじ》のようにひるがえりました。
そして早くもその燃え立った白金のそら、湖の向うの鶯《うぐいす》いろの原のはてから熔《と》けたようなもの、なまめかしいもの、古びた黄金、反射炉《はんしゃろ》の中の朱《しゅ》、一きれの光るものが現《あら》われました。
天の子供らはまっすぐに立ってそっちへ合掌《がっしょう》しました。
それは太陽でした。厳《おごそ》かにそのあやしい円《まる》い熔けたようなからだをゆすり間もなく正しく空に昇《のぼ》った天の世界の太陽でした。光は針や束《たば》になってそそぎそこらいちめんかちかち鳴りました。
天の子供らは夢中《むちゅう》になってはねあがりまっ青《さお》な寂静印《じゃくじょういん》[※16]の湖の岸硅砂《きしけいしゃ》[※17]の上をかけまわりました。そしていきなり私にぶっつかりびっくりして飛《と》びのきながら一人が空を指《さ》して叫《さけ》びました。
「ごらん、そら、インドラの網を。」
私は空を見ました。いまはすっかり青ぞらに変ったその天頂《てんちょう》から四方の青白い天末《てんまつ》までいちめんはられたインドラのスペクトル製《せい》の網、その繊維《せんい》は蜘蛛《くも》のより細く、その組織《そしき》は菌糸《きんし》より緻密《ちみつ》に、透明《とうめい》清澄《せいちょう》で黄金でまた青く幾億《いくおく》互《たがい》に交錯《こうさく》し光って顫《ふる》えて燃えました。
「ごらん、そら、風の太鼓《たいこ》。」も一人がぶっつかってあわてて遁《に》げながら斯う云いました。ほんとうに空のところどころマイナスの太陽ともいうように暗《くら》く藍《あい》や黄金や緑や灰いろに光り空から陥《お》ちこんだようになり誰《だれ》も敲《たた》かないのにちからいっぱい鳴っている、百千のその天の太鼓は鳴っていながらそれで少しも鳴っていなかったのです。私はそれをあんまり永《なが》く見て眼も眩《くら》くなりよろよろしました。
「ごらん、蒼孔雀《あおくじゃく》を。」さっきの右はじの子供が私と行きすぎるときしずかに斯う云いました。まことに空のインドラの網のむこう、数しらず鳴りわたる天鼓《てんこ》のかなたに空一ぱいの不思議《ふしぎ》な大きな蒼い孔雀が宝石製《ほうせきせい》の尾《お》ばねをひろげかすかにクウクウ鳴きました。その孔雀はたしかに空には居《お》りました。けれども少しも見えなかったのです。たしかに鳴いておりました。けれども少しも聞えなかったのです。
そして私は本統《ほんとう》にもうその三人の天の子供らを見ませんでした。
却《かえ》って私は草穂《くさぼ》と風の中に白く倒れている私のかたちをぼんやり思い出しました。
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●入力者注
※1 インドラ=帝釈天。インドのヴェーダ神話の神が仏教に取り入れられたもので、仏法を護る神。その宮殿の屋根には美しい網がかかる。
※2 高陵=磁器の原材料の産出で著名な中国の地名。
※3 複六方錐=六辺の三角錐が上下に合わさったもの。
※4 鋼玉=ダイアモンドに次いで堅い鉱石。
※5 金剛石=ダイアモンドのこと。
※6 劈開=鉱物が一定の方向に割れる性質。
※7 青宝玉=サファイアのこと。
※8 黄水晶=シトリンのこと。
※9 天河石=アマゾナイトのこと。
※10 天=天人のこと。
※11 由旬=古代インドで使われた距離の単位。1由旬は7〜9マイルともいわれる。
※12 瓔珞=仏像の装飾に用いられるインドの装身具。
※13 昧爽=薄明のこと。
※14 まるめろ=バラ科の植物名。
※15 羅=薄物。薄く織った織物またはその織物で作った夏用の衣服。
※16 寂静印=仏教の絶対基準の1つ、「悟りの境地」のこと。
※17 硅砂=「硅」はシリカを指す。
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底本:「インドラの網」角川文庫、角川書店
1996(平成8)年6月20日再版発行
底本の親本:「新校本 宮澤賢治全集」筑摩書房
1995(平成7)年5月発行
入力:浜野智
校正:浜野智
1999年1月31日公開
1999年8月26日修正
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