半分とられながら叫《さけ》ぶ。
マリヴロンは、うっとり西の碧《あお》いそらをながめていた大きな碧い瞳《ひとみ》を、そっちへ向けてすばやく楽譜に記された少女の名前を見てとった。
「何かご用でいらっしゃいますか。あなたはギルダさんでしょう。」
少女のギルダは、まるでぶなの木の葉のようにプリプリふるえて輝《かがや》いて、いきがせわしくて思うように物が云《い》えない。
「先生どうか私のこころからうやまいを受けとって下さい。」
マリヴロンはかすかにといきしたので、その胸の黄や菫《すみれ》の宝石は一つずつ声をあげるように輝きました。そして云う。
「うやまいを受けることは、あなたもおなじです。なぜそんなに陰気《いんき》な顔をなさるのですか。」
「私はもう死んでもいいのでございます。」
「どうしてそんなことを、仰《お》っしゃるのです。あなたはまだまだお若いではありませんか。」
「いいえ。私の命なんか、なんでもないのでございます。あなたが、もし、もっと立派におなりになる為《ため》なら、私なんか、百ぺんでも死にます。」
「あなたこそそんなにお立派ではありませんか。あなたは、立派なおしごとをあちらへ行ってなさるでしょう。それはわたくしなどよりははるかに高いしごとです。私などはそれはまことにたよりないのです。ほんの十分か十五分か声のひびきのあるうちのいのちです。」
「いいえ、ちがいます。ちがいます。先生はここの世界やみんなをもっときれいに立派になさるお方でございます。」
マリヴロンは思わず微笑《わら》いました。
「ええ、それをわたくしはのぞみます。けれどもそれはあなたはいよいよそうでしょう。正しく清くはたらくひとはひとつの大きな芸術を時間のうしろにつくるのです。ごらんなさい。向うの青いそらのなかを一羽の鵠《こう》がとんで行きます。鳥はうしろにみなそのあとをもつのです。みんなはそれを見ないでしょうが、わたくしはそれを見るのです。おんなじようにわたくしどもはみなそのあとにひとつの世界をつくって来ます。それがあらゆる人々のいちばん高い芸術です。」
「けれども、あなたは、高く光のそらにかかります。すべて草や花や鳥は、みなあなたをほめて歌います。わたくしはたれにも知られず巨《おお》きな森のなかで朽《く》ちてしまうのです。」
「それはあなたも同じです。すべて私に来て、私をかがやかすものは、あな
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