あ。」
鼓器楽手、「わたしは知ってますがね、どうも鼓器だけぢゃ仕方ないでせう。」
牧者、「あゝ、沢山です。ではどうか※[#「金+支」、344−16]でリヅムだけとって下さいませんか。」
鼓器楽手「リヅムといってたゞかうですよ。」
(鳴らす。みんな笑ふ)
牧者、「ああそれで結構です。(唱ふ)
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けさの六時ころ ワルトラワラの
峠をわたしが   越えやうとしたら
朝霧がそのときに ちゃうど消えかけて
一本の栗の木は  後光を出してゐた、
わたしはいたゞきの石にこしかけて
朝めしの堅パンを噛ぢりはじめたら
その栗の木がにはかに ゆすれだして
降りて来たのは 二疋の電気栗鼠
わたしは急いで………     。」
[#ここで字下げ終わり]
山猫博士「おいおい間違っちゃいかんよ。」
牧者「何だって。」
山猫博士「今朝ワルトラワラの峠に、電気栗鼠の居た筈はない。それはカマイタチの間違ひだらう。も少し精密に観察して貰ひたいね。」
牧者「さうでしたか。」(首をちゞめてみんなの中に入る。)
山猫博士「今度は僕がうたふよ。
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つめくさの花の 咲く晩に
ポランの広場の 夏まつり
ポランの広場の 夏のまつり
酒を呑まずに  水を呑む
そんなやつらが でかけて来ると
ポランの広場も 朝になる
ポランの広場も 白ぱっくれる。」
[#ここで字下げ終わり]
(みんな気の毒さうに二人の方を見る)
キュステ「おい、ファゼロ、もう行かう。」
フ〔ァ〕ゼロ(泣き出しさうになりなが〔ら〕演壇にのぼり、唱ふ)
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「つめくさの花の かほる夜は
 ポランの広場の 夏まつり
 ポランの広場の 夏のまつり
 酒くせのわるい 山猫が
 黄いろのシャツで出かけてくると
 ポランの広場に 雨がふる
 ポランの広場に 雨が落ちる」
[#ここで字下げ終わり]
山猫博士(憤然として)「何だ失敬な。決闘をしろ、決闘を。」
キュステ「馬鹿を言へ。貴さまがさきに悪口を言って置いて、こんな子供に決闘だなんてことがあるもんか。おれが相手になってやらう。」
山猫博士、「へん、貴さまの出る幕ぢゃない。引っ込んでゐろ。こいつが我輩を〔侮〕辱したから我輩はこいつへ決闘を申し込んだのだ。」
キュステ、(ファゼロをうしろにかばふ。)「いゝや、貴さまはおれの悪口を言ったのだ、おれは貴さまに決闘を申し込むのだ。全体きさまはさっきから見てゐると、さもきさま一人の野原のやうに威張り返ってゐる。さあピストルか刀かどっちかを撰べ。」
山猫博士(たじろいで酒を一杯のむ。)「黙れ、きさまは決闘の法式も知らんな。」
キュステ「よし、酒を呑まなけぁ物を言へないやうな、そんな卑怯なやつの相手は子供でたくさんだ。おい ファゼロ、しっかりやれ、こんなやつは野原の松毛虫だ。おれが介添をやらう。めちゃくちゃにぶん撲ってしまへ。」
山猫博士、「よし、おい、誰かおれの介添人になれ。」
田園紳士二、「まあまあ、あんな子供のことですからどうか大目に見てやって下さい。今夜はたのしい夏まつりの晩ですから。」
山猫博士(なぐりつける。)「やかましい。そんなことはわかってゐる。黙って居れ。おい、誰かおれの介添をしろ。おい、ミラアきさまやれ。」
葡萄園農夫「おいらあやだよ。」
山猫博士、「〔臆〕病者、〔お〕い、ケルン、きさまやれ。」
田園紳士三、「おいらぁやだよ。」
山猫博士「おいてめいやれ。」
田園紳士四、「おいらぁやだよ。」
山猫博士、「よし介添人などいらない。さあ仕度しろ。」
キュステ、「きさまも仕度しろ。」(ファゼロに仕度させる)
山猫博士「剣かピストルかどっちかをえらべ。」
キュステ、「どっちでもきさまのいゝ方をとれ。」
山猫博士、「よし、おい給仕、剣を二本持って来い。」
給仕「こんな野原剣がありません。ナイフでいけませんか。」
山猫博士「ナイフでいゝ。」
給仕「承知しました。」(退場 洋食用のナイフを二本持って来て 渡す。)
山猫博士「さあどっちでもいゝ方をとれ。」
ファゼロ、(一本をとり一本を山猫博士に投げて渡す。)
山猫博士、「さあ来い。」
キュステ、「よし、ファゼロ、さあしっかりやれ。」
(闘ふ、ファゼロ山猫博士の胸をつく。山猫博士、周章してかけまはる。)
「おいおい、やられたよ。誰か沃度ホルムがないか。過酸化水素をもってゐないか。誰かないか。やられたよ。やられた。」(気絶する)
キュステ、「よくいろいろの薬の名前を知ってやがるな。なあに 傷もつけぁしないよ。」
牧夫「水をかけてやらう。」(如露で顔に水をそゝぐ。)
山猫博士(起きあがる)「あゝ、こゝは地獄かね、おや、ポランの広場へ逆戻りか。いや、こいつはいけない。えゝと、レデース アンヂェントルメン、諸君の忠告によって僕は退場し
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