になって踊りだしました。七八人のようではありましたが、たしかにもうほんもののオーケストラが愉快そうなワルツをやりはじめました。一まわり踊りがすむとみんなはばらばらになってコップをとりました。そしてわあわあ叫びながら呑みほしています。その叫びは気のせいか、デストゥパーゴ万歳というようにもきこえました。
「あれが山猫博士だな。」ファゼーロが向うの卓にひとり坐って、がぶがぶ酒を呑んでいる黄いろの縞のシャツと赤皮の上着を着た肩はばのひろい男を指さしました。
誰か六七人コンフェットウや紐を投げましたので、それは雪のように花のようにきらきら光りながらそこらに降りました。
わたくしどもはもう広場の前まで来て立ちどまりました。
ちょうどそのときデストゥパーゴがコップをもって立ちあがりました。
「おいおい給仕、なぜおれには酒を注がんか。」
すると白い服を着た給仕が周章《あわ》てて走り寄りました。
「はいはい相済みません。坐っておいでだったもんですからつい。」
「坐っておいでになっても立っておいでになっても、我輩《わがはい》は我輩じゃないか。おっとよろしい。諸君は我輩のために乾杯しようというんだな。よしよし、プ、プ、プロージット。」
そこでみんなは呑みほしました。
わたくしは臆《おく》してしまって、もう帰ろうかとも思いましたが、さっきファゼーロたちにあんなことを云ったものですから立っていることも遁《に》げることもできませんでした。どうなるかなるようになれと思い切って二人をつれて帽子をとりながら、あかりの中へはいりました。するとみんなは一ぺんにさわぎをやめて怪げんそうな顔つきでわたくしどもを見ました。それからデストゥパーゴの方を見ました。
するとデストゥパーゴはちょっと首をまげて考えました。どうもわたくしのことを見たことはあるが考え出せないという風でした。するとそばへ一人の夏フロックコートを着た男が行って何か耳うちしました。デストゥパーゴは不機嫌そうな一べつをわたくしに与えてから仕方なさそうにうなずきました。
するとやはりフロックを着てテーモが来ていました。そのテーモが柄のついたガラスの杯を三つもって来て、だまってわたくしからミーロ、ファゼーロと渡しました。ファゼーロに渡しながらだまってにらみつけました。ファゼーロはたじたじ後退《あとずさ》りしました。給仕がそばからレッテルのない大きな瓶《びん》からいままでみんなの呑んでいた酒を注ごうとしました。わたくしはそこで云いました。
「いや、わたしたちはね、酒は呑まないんだから炭酸水でもおくれ。」
「炭酸水はありません。」給仕が云いました。
「それならただの水をおくれ。」わたくしは云いました。
どういうわけかみんなしいんとして穴の明くほどわたくしどものことばかり見ています。わたくしも少し照れてしまいました。
「いや、デストゥパーゴさまは人に水をごちそうはなさいませんよ。」テーモが云いました。
「ごちそうになろうというんでないんです。野原のまんなかで、つめくさのあかりを数えて来たポラーノの広場で、わたくしは渇いて水が呑みたいのです。」
もうゆきがかりで仕方ないと私は思ってはっきり云いました。
「つめくさのあかり、わっはっは。」テーモはわらいだしました。デストゥパーゴもわらいました。みんなもそのあとについてわらいました。
「ポラーノの広場もな、お気の毒だがデストゥパーゴさまのもんだよ。」テーモがしずかに云いました。そのとき山猫博士が云いました。
「よし、よし、まあすきなら水をやっておけ。しかしどうも水を呑むやつらが来るとポラーノの広場も少ししらぱっくれるね。」
「はい。」テーモはおじぎをしてそれからそっとファゼーロに云いました。
「ファゼーロ、何だって出て来たんだ。早く失《う》せろ。帰ったら立てないくらい引っぱたくからそう思え。」ファゼーロはまた後退りしました。
「その子どもは何だ。」デストゥパーゴがききました。
「ロザーロの弟でございます。」テーモがおじぎをして答えました。するとデストゥパーゴは返事をしないで向うを向いてしまいました。そのとき楽隊が何か民謡風のものをやりはじめました。みんなはまた輪になって踊りはじめようとしました。するとデストゥパーゴが、
「おいおい、そいつでなしにあのキャッツホイスカーというやつをやってもらいたいね。」
すると楽隊のセロをもった人が、
「あの曲はいま譜がありませんので。」するとデストゥパーゴは、もうよほど酔っていましたが、
「や、れ、やれ、やれと云ったらやらんか。」と云いました。
楽隊は仕方なくみんな同じ譜で、キャッツホイスカーをやりはじめました。
みんなも仕方なく踊りはじめました。するとデストゥパーゴも踊りだしました。それがみんなといっしょに踊るのではなくて、わざとみんなの邪魔をするようにうごきまわるのです。
みんなは呆《あき》れてだんだんやめて、ぐるっとデストゥパーゴのまわりに立ってしまいました。するとデストゥパーゴはたった一人でふざけて踊りはじめました。しまいにはみんなの前を踏むようなかたちをして行ったり、いきなり喧嘩でも吹っかけるときのように、はねあがったり、みんなはそのたんびにざわざわ遁《に》げるようになりました。さっきの夏フロックを着た紳士が心配そうにもみ手をしながら何か云おうとするのですがデストゥパーゴはそれさえおどして引っこませてしまいました。楽隊はしばらくしかたなくやっていましたがとうとう呆れてやめてしまいました。するとデストゥパーゴも労れたように椅子へ坐って、
「おい、注げ。」と云いながらまたつづけざまに二杯ひっかけました。
するとミーロの仲間らしいものが二人で出て来てミーロに云いました。
「おいミーロ、お前もせっかく来たんだから一つうたって聞かして呉んな。」
「みんなさっきから、うたったり踊ったりして、つかれてるんだから。」
ミーロは、
「だめだよ。」と云ってその手をふりはらいましたが、実は、はじめから歌いたくて来たのですから、ことに楽隊の人たちが歌うなら伴奏しようというように身構えしたので、ミーロは顔いろがすっかり薔薇《ばら》いろになってしまって眼もひかり息もせわしくなってしまいました。
わたくしも思わず、
「やれ、やれ、立派にやるんだ。」と云いました。
するとミーロはとうとう決心したようにいきなり咽喉《のど》掻《か》きはだけて、はんの木の下の空箱の上に立ってしまいました。
「何をやりましょう。」セロの人がわらってききました。
「フローゼントリーをやってください。」
「フローゼントリー、譜もないしなあ、古い歌だなあ。」
楽員たちはわらって顔を見合せてしばらく相談していましたが、
「そいじゃね、クラリネットの人しか知ってませんから、クラリネットとね、それから鼓《つづみ》で調子だけとりますから、それでよかったら二節目からついて歌ってください。」
みんなはパチパチ手を叩きました。テーモも首をまげて聞いてやろうというようにしました。楽隊がやりました。ミーロは歌いだしました。
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「けさの六時ころ ワルトラワーラの
峠をわたしが 越えようとしたら
朝霧がそのときに ちょうど消えかけて
一本の栗の木は 後光をだしていた
わたしはいただきの 石にこしかけて
朝めしの堅ぱんを かじりはじめたら
その栗の木がにわかに ゆすれだして
降りて来たのは 二疋の電気|栗鼠《りす》
わたしは急いで……」
[#ここで字下げ終わり]
「おいおい間違っちゃいかんよ。」山猫博士がいきなりどなりだしました。
「何だって。」ミーロはあっけにとられて云いました。
「今朝ワルトラワーラの峠に電気栗鼠など居た筈はない、それはいたちの間違いだろう。もっとよく考えて歌ってもらいたいね。」
「そんなことどうだっていいんだい。」ミーロは怒って壇を下りました。すると山猫博士が立ちあがりました。
「今度は我輩《わがはい》うたって見せよう。こら楽隊、In the good summer time をやれ。」
楽隊の人たちは何べんもこの節をやったと見えてすぐいっしょにはじめました。山猫博士は案外うまく歌いだしました。
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「つめくさの花の 咲く晩に
ポランの広場の 夏まつり
ポランの広場の 夏のまつり
酒を呑まずに 水を呑む
そんなやつらが でかけて来ると
ポランの広場も 朝になる
ポランの広場も 白ぱっくれる。」
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ファゼーロは泣きだしそうになってだまってきいていましたが、歌がすむとわたくしがつかまえるひまもなく壇にかけのぼってしまいました。
「ぼくもうたいます。いまのふしです。」
楽隊はまたはじめました。山猫博士は、
「いや、これはめずらしいことになったぞ。」と云いながら又大きなコップで二つばかり引っかけました。
ファゼーロは力いっぱいうたいだしました。
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「つめくさの花の かおる夜は
ポランの広場の 夏まつり
ポランの広場の 夏のまつり
酒くせのわるい 山猫が
黄いろのシャツで 出かけてくると
ポランの広場に 雨がふる
ポランの広場に 雨が落ちる。」
[#ここで字下げ終わり]
デストゥパーゴがもう憤然として立ちあがりました。
「何だ失敬な、決闘をしろ、決闘を。」
わたくしも思わず立ってファゼーロをうしろにかばいました。
「馬鹿を云え、貴さまがさきに悪口を言って置いて。こんな子供に決闘だなんてことがあるもんか。おれが相手になってやろう。」
「へん、貴さまの出る幕じゃない。引っこんでいろ。こいつが我輩、名誉ある県会議員を侮辱《ぶじょく》した。だから我輩はこいつへ決闘を申し込んだのだ。」
「いや、貴さまがおれの悪口を言ったのだ。おれはきさまに決闘を申し込むのだ、全体きさまはさっきから見ていると、さもきさま一人の野原のように威張り返っている。さあ、ピストルか刀かどっちかを撰べ。」
するとデストゥパーゴはいきなり酒をがぶっと呑みました。
ああファゼーロで大丈夫だ。こいつはよほど弱いんだ。
わたくしは心のなかで、そっとわらいました。
はたしてデストゥパーゴは空っぽな声でどなりだしました。
「黙れっ。きさまは決闘の法式も知らんな。」
「よし。酒を呑まなけぁ物をいえないような、そんな卑怯なやつの相手は子どもでたくさんだ。おいファゼーロしっかりやれ。こんなやつは野原の松毛虫だ。おれがうしろで見ているから、めちゃくちゃにぶん撲《なぐ》ってしまえ。」
「よし、おい、誰かおれの介添《かいぞえ》人になれ。」
そのときさっきの夏フロックが出てきました。
「まあ、まあ、あんな子供をあんたが相手になさることはありません。今夜は大切の場合なのですから、どうか。」
すると山猫博士はいきなりその男を撲りつけました。
「やかましい。そんなことはわかっている。黙って居れ。おい誰かおれの介添をしろ。テーモ。」
「はい。どうぞ、おゆるしを。あとでわたくしがよく仕置きいたします。」
「やかましい。おい、クローノ、きさまやれ。」
クローノと呼ばれた百姓らしい男が、
「さあ、おいらじゃあね。」と云ってみんなのうしろへ引っ込んでしまいました。
「臆病者、おいポーショ、きさまやれ。」
「おいらあとてもだめだよ。」
デストゥパーゴはいよいよ怒ってしまいました。
「よし介添人などいらない。さあ仕度しろ。」
「きさまも早く仕度しろ。」わたくしはファゼーロに上着をぬがせながら云いました。
「剣でも大砲でもすきなものを持ってこいよ。」
「どっちでもきさまのすきな方にしろ。」どこにそんなものがあるんだい、と思いながらわたくしは云いました。
「よし、おい給仕、剣を二本持ってこい。」
すると給仕が待っていたように云いました。
「こんな野原で剣はございません。ナイフでいけませんか。」
するとデストゥパーゴは安心したよう
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