しろで大きな声がしました。見ると一人の赤い帽子をかぶった年|老《よ》りの頑丈そうな百姓が革むちをもって怒って立っていました。
「もう一くぎりも働いたかと思って来て見ると、まだこんなところに立ってしゃべくってやがる。早く仕事へ行け。」
「はい、じゃさよなら。」
「ああさよなら、ぼくは役所からいつでも五時半には帰っているからね。」
「ええ。」
 ファゼーロは水壺とホーをもって急いで向うの路へはいって行きました。百姓はこんどはわたくしに云いました。
「あなたはどこのお方だか知らないが、これからわしの仕事にいらないお世話をして貰いたくないもんですな。」
「いや、わたしはね、山羊に遁げられてそれをたずねて来たら、あの子どもさんが連れて来ていたもんだからお礼を云っていたんです。」
「いや、結構ですよ。山羊というやつはどうも足があって歩くんでね。やいファゼーロ、かけて行け、馬鹿、かけて行けったら。」
 百姓は顔をまっ赤にして手をあげて革むちをパチッと鳴らしました。
「人を使うのに革むちを鳴らすなんて乱暴じゃないですか。」
 百姓はわざと顔を前につき出して云いました。
「このむちですかい。あなたはこの
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