十分ばかりだまって歩くと、なにかぷうんと木屑のようなものの匂がして、すぐ眼の前に灰いろの細長い屋根が見えました。
「誰か来ているな。」ファゼーロが叫びました。
 その大きな黒い建物の窓に、ちらちらあかりが射しているのです。
「おおい、キューストさんが来たぞ。」ミーロが高く叫びました。
「おおい。」中からも誰かが返事をしました。
 私どもはその建物の中へ入って行きました。そこに巨きな鉄の罐《かん》が、スフィンクスのように、こっちに向いて置いてあって、土間には沢山の大きな素焼《すやき》の壺が列んでいました。
「いや今晩は。」ひとりのはだしの年老った人が土間で私に挨拶しました。
「これが乾燥|罐《かん》だよ。」ファゼーロが云いました。
「ここで何人稼いでいたって。」私はたずねました。
「そうねえ、盛んにもうかったときは三十人から居たろう。」ミーロが答えました。
「どうしてだめになったんだ。」
 みんなが顔を見合せました。さっきの年老った人が云いました。
「薬のねだんが下ったためです。」
「そうですかねえ。そんなに間に合わないのかなあ。ところが、ねえおい。ファゼーロ、おれはこの釜でやっぱり醋酸
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