れならなぜ旅行届を出したりして遁げたのです。」
デストゥパーゴはやっと落ち着きました。
「いや、おはいりください。詳しくお話しましょう。」
デストゥパーゴはさきに立って小さな玄関の戸を押しました。するとさっきから内側で立って見ていたと見えて一人のおばあさんが出迎えました。
「お茶をあげてくれ。」
デストゥパーゴはすぐ右側の室へはいって行きました。わたくしはもう多分大丈夫だけれども遁げるといけないと思って戸口に立っていました。デストゥパーゴは何か瓶をかちかち鳴らしてから白いきれで顔を押えながら出て来ました。
「さあ、どうぞこちらへ。」
わたくしは応接室に通されました。デストゥパーゴはようやく落ち着きました。
「わたくしがここへ人を避けて来ているのは全くちがった事情です。じつはあなたもご承知でしょうが、あの林の中でわたくしが社長になって木材乾溜の会社をたてたのです。ところがそれがこの頃の薬品の価格の変動でだんだん欠損になって、どうにもしかたなくなったのです。わたくしはいろいろやって見ましたがどうしてもいけなかったのです。もちろんあの事業にはわたくしの全財産も賭《と》してあります。す
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