覧になりませんでしたでしょうか。」
 みんなは顔を見合せました。それから一人が答えました。
「さあ、わたくしどもはまっすぐに来ただけですから。」
 そうだ、山羊が迷って出たときに人のようにみちを歩くのではないのです。わたくしはおじぎしました。
「いや、ありがとうございました。」女たちは行ってしまいました。もう戻ろう、けれどもいま戻るとあの女の人たちを通り越して行かなければならない、まあ散歩のつもりでもすこし行こう、けれどもさっぱりたよりない散歩だなあ、わたくしはひとりでにがわらいしました。そのとき向うから二十五六になる若者と十七ばかりのこどもとスコップをかついでやって来ました。もう仕方ない、みかけだけにたずねて見よう、わたくしはまたおじぎしました。
「山羊が一疋迷ってこっちへ来たのですが、ごらんになりませんでしたでしょうか。」
「山羊ですって、いいえ。連れてあるいて遁《に》げたのですか。」
「いいえ、小屋から遁げたんです。いや、ありがとうございました。」
 わたくしはおじぎをしてまたあるきだしました。するとそのこどもがうしろで云いました。
「ああ、向うから誰か来るなあ。あれそうでないか
前へ 次へ
全95ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング