くりなので、わたくしは思わず、とうとう来たな、とつぶやきました。
やっぱりファゼーロでした。まだわたくしがその酒石酸のコップを呑みほさないうちに、もう顔をまっ赤にして戸口に立っていました。
「わかったよ、とうとう。僕ゆうべ行くみちへすっかり方角のしるしをつけて置いた。地図で見てもわかるんだ。今夜ならもう間違いなくポラーノの広場へ行ける。ミーロはひるのうちから行っていてぼくらを迎えに出る約束なんだ。ぼく行って見て、ほんとうだったら、あしたはもうみんなつれて行くんだ。」
わたくしも釣り込まれて胸を躍《おど》らせました。
「そうかい、わたしも行こう。どんななりして行ったらいいかねえ。どんな人が来てるだろうねえ。」
「どんななりでもいいじゃないか。早く行こう。来てる人が誰だか、ぼくもわからないんだ。」
わたくしは大急ぎでネクタイを結んで新らしい夏帽子を被《かぶ》って外へ出ました。わたくしどもがこの前別れたところへ来たころは丁度夕方の青いあかりが、つめくさにぼんやり注いでいて、その葉の爪《つめ》の痕《あと》のやうな紋《もん》も、もう見えなくなりかかったときでした。ファゼーロは爪立てをしてし
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