まだびっくりしているうちに、
「とうとう来たよ、今晩は。」と云いました。
「ああ、先頃はありがとう。地図はちゃんと仕度しておいたよ。この前の音は今でもするの。」
「するとも、昨夜なんかとてもひどいんだ。今夜はもうぼくどうしても探そうとおもって羊飼のミーロと二人で出て来たんだ。」
「うちの方は大丈夫かい。」
「うん。」ファゼーロは何だか少しあいまいに返事しました。
「きみの旦那はなかなか恐い人だねえ、何て云うんだ。」
「テーモだよ。」
「テーモ、やっぱし何だか聞いたような名だなあ。」
「聞いたかも知れない。あちこち役所へ果物だの野菜だの納めているんだから。」
「そうかねえ。とにかく地図はこれだよ。」
わたくしは戸口に買って置いた地図をひろげました。
「ミーロも呼んでもいいかい。」
「誰か来てるのか、いいとも。」
「ミーロ、おいで、地図を見よう。」
すると山羊小屋の中からファゼーロよりも三つばかり年上の、ちゃんときゃはんをはいて、ぼろぼろになった青い皮の上着を着た顔いろのいいわか者が出てきて、わたくしにおじぎしました。
「おや、ぼくは地図をよくわからないなあ、どっちが西だろう。」
「上
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