ルのない大きな瓶《びん》からいままでみんなの呑んでいた酒を注ごうとしました。わたくしはそこで云いました。
「いや、わたしたちはね、酒は呑まないんだから炭酸水でもおくれ。」
「炭酸水はありません。」給仕が云いました。
「それならただの水をおくれ。」わたくしは云いました。
どういうわけかみんなしいんとして穴の明くほどわたくしどものことばかり見ています。わたくしも少し照れてしまいました。
「いや、デストゥパーゴさまは人に水をごちそうはなさいませんよ。」テーモが云いました。
「ごちそうになろうというんでないんです。野原のまんなかで、つめくさのあかりを数えて来たポラーノの広場で、わたくしは渇いて水が呑みたいのです。」
もうゆきがかりで仕方ないと私は思ってはっきり云いました。
「つめくさのあかり、わっはっは。」テーモはわらいだしました。デストゥパーゴもわらいました。みんなもそのあとについてわらいました。
「ポラーノの広場もな、お気の毒だがデストゥパーゴさまのもんだよ。」テーモがしずかに云いました。そのとき山猫博士が云いました。
「よし、よし、まあすきなら水をやっておけ。しかしどうも水を呑むやつらが来るとポラーノの広場も少ししらぱっくれるね。」
「はい。」テーモはおじぎをしてそれからそっとファゼーロに云いました。
「ファゼーロ、何だって出て来たんだ。早く失《う》せろ。帰ったら立てないくらい引っぱたくからそう思え。」ファゼーロはまた後退りしました。
「その子どもは何だ。」デストゥパーゴがききました。
「ロザーロの弟でございます。」テーモがおじぎをして答えました。するとデストゥパーゴは返事をしないで向うを向いてしまいました。そのとき楽隊が何か民謡風のものをやりはじめました。みんなはまた輪になって踊りはじめようとしました。するとデストゥパーゴが、
「おいおい、そいつでなしにあのキャッツホイスカーというやつをやってもらいたいね。」
すると楽隊のセロをもった人が、
「あの曲はいま譜がありませんので。」するとデストゥパーゴは、もうよほど酔っていましたが、
「や、れ、やれ、やれと云ったらやらんか。」と云いました。
楽隊は仕方なくみんな同じ譜で、キャッツホイスカーをやりはじめました。
みんなも仕方なく踊りはじめました。するとデストゥパーゴも踊りだしました。それがみんなといっしょに踊るのではなくて、わざとみんなの邪魔をするようにうごきまわるのです。
みんなは呆《あき》れてだんだんやめて、ぐるっとデストゥパーゴのまわりに立ってしまいました。するとデストゥパーゴはたった一人でふざけて踊りはじめました。しまいにはみんなの前を踏むようなかたちをして行ったり、いきなり喧嘩でも吹っかけるときのように、はねあがったり、みんなはそのたんびにざわざわ遁《に》げるようになりました。さっきの夏フロックを着た紳士が心配そうにもみ手をしながら何か云おうとするのですがデストゥパーゴはそれさえおどして引っこませてしまいました。楽隊はしばらくしかたなくやっていましたがとうとう呆れてやめてしまいました。するとデストゥパーゴも労れたように椅子へ坐って、
「おい、注げ。」と云いながらまたつづけざまに二杯ひっかけました。
するとミーロの仲間らしいものが二人で出て来てミーロに云いました。
「おいミーロ、お前もせっかく来たんだから一つうたって聞かして呉んな。」
「みんなさっきから、うたったり踊ったりして、つかれてるんだから。」
ミーロは、
「だめだよ。」と云ってその手をふりはらいましたが、実は、はじめから歌いたくて来たのですから、ことに楽隊の人たちが歌うなら伴奏しようというように身構えしたので、ミーロは顔いろがすっかり薔薇《ばら》いろになってしまって眼もひかり息もせわしくなってしまいました。
わたくしも思わず、
「やれ、やれ、立派にやるんだ。」と云いました。
するとミーロはとうとう決心したようにいきなり咽喉《のど》掻《か》きはだけて、はんの木の下の空箱の上に立ってしまいました。
「何をやりましょう。」セロの人がわらってききました。
「フローゼントリーをやってください。」
「フローゼントリー、譜もないしなあ、古い歌だなあ。」
楽員たちはわらって顔を見合せてしばらく相談していましたが、
「そいじゃね、クラリネットの人しか知ってませんから、クラリネットとね、それから鼓《つづみ》で調子だけとりますから、それでよかったら二節目からついて歌ってください。」
みんなはパチパチ手を叩きました。テーモも首をまげて聞いてやろうというようにしました。楽隊がやりました。ミーロは歌いだしました。
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「けさの六時ころ ワルトラワーラの
峠をわたしが 越えようとしたら
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