て云いました。
「きみはファゼーロって云うんだね。宛名をどう書いたらいいかねえ。」
「ぼく、ひまを見付けて、おまえんうちへ行くよ。」
「ひまって、今日でもいいよ。」
「ぼく仕事があるんだ。」
「今日は日曜じゃないか。」
「いいえ、ぼくには日曜はないんだ。」
「どうして。」
「だって仕事をしなけぁ。」
「仕事ってきみのかい。」
「旦那んさ。みんなもう行って畦《あぜ》へはいってるんだ。小麦《こむぎ》の草をとっているよ。」
「じゃきみは主人のとこに雇われているんだね。」
「ああ。」
「お父さんたちは。」
「ない。」
「兄さんか誰かは。」
「姉さんがいる。」
「どこに。」
「やっぱり旦那んとこに。」
「そうかねえ。」
「だけど姉さんは山猫博士のとこへ行くかも知れないよ。」
「何だい。その山猫博士というのは。」
「あだ名なんだ。ほんたうはデストゥパーゴって云うんだ。」
「デストゥパーゴ? ボーガント・デストゥパーゴかい。県の議員の。」
「ええ。」
「あいつは悪いやつだぜ。あいつのうちがこっちの方にあるのかい。」
「ああ、ぼくの旦那のうちから見え……。」
「おい、こら、何をぐずぐずしてるんだ。」うしろで大きな声がしました。見ると一人の赤い帽子をかぶった年|老《よ》りの頑丈そうな百姓が革むちをもって怒って立っていました。
「もう一くぎりも働いたかと思って来て見ると、まだこんなところに立ってしゃべくってやがる。早く仕事へ行け。」
「はい、じゃさよなら。」
「ああさよなら、ぼくは役所からいつでも五時半には帰っているからね。」
「ええ。」
ファゼーロは水壺とホーをもって急いで向うの路へはいって行きました。百姓はこんどはわたくしに云いました。
「あなたはどこのお方だか知らないが、これからわしの仕事にいらないお世話をして貰いたくないもんですな。」
「いや、わたしはね、山羊に遁げられてそれをたずねて来たら、あの子どもさんが連れて来ていたもんだからお礼を云っていたんです。」
「いや、結構ですよ。山羊というやつはどうも足があって歩くんでね。やいファゼーロ、かけて行け、馬鹿、かけて行けったら。」
百姓は顔をまっ赤にして手をあげて革むちをパチッと鳴らしました。
「人を使うのに革むちを鳴らすなんて乱暴じゃないですか。」
百姓はわざと顔を前につき出して云いました。
「このむちですかい。あなたはこの
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