え。」
「あすこから?」
子どもは山羊の首から帯皮をとりながら畑の向うでかげろうにぎらぎらゆれている、やっと青みがかったアカシヤの列を見ました。
「すいぶん遠くまで来たんだねえ。」
「ああ、じゃ、僕こっちへ行くんだから。さよなら。」
「あ、ちょっと待って。ぼくなにかあげたいんだけれどもなんにもなくてねえ。」
「いいや、ぼくなんにもいらないんだ。山羊を連れてくるのは面白かった。」
「だけれどねえ、それではわたしが気が済まないんだよ。そうだ、あなたは鎖はいらないの。」
わたくしは時計の鎖なら、なくても済むと思いながら銀の鎖をはずしました。
「いいや。」
「磁石もついてるよ。」
すると子どもは顔をぱっと熱《ほて》らせましたが、またあたりまえになって、
「だめだ、磁石じゃ探せないから。」とぼんやり云いました。
「磁石で探せないって?」私はびっくりしてたずねました。
「ああ。」子どもは何か心もちのなかにかくしていたことを見られたというように少しあわてました。
「何を探すっていうの。」
子どもはしばらくちゅうちょしていましたが、とうとう思い切ったらしく云いました。
「ポラーノの広場。」
「ポラーノの広場? はてな、聞いたことがあるようだなあ。何だったろうねえ、ポラーノの広場。」
「昔ばなしなんだけれども、このごろまたあるんだ。」
「ああそうだ、わたしも小さいとき何べんも聞いた。野はらのまんなかの祭のあるとこだろう。あのつめくさの花の番号を数えて行くというのだろう。」
「ああ、それは昔ばなしなんだ。けれども、どうもこの頃もあるらしいんだよ。」
「どうして。」
「だってぼくたちが夜野原へ出ていると、どこかでそんな音がするんだもの。」
「音のする方へ行ったらいいんでないか。」
「みんなで何べんも行ったけれども、わからなくなるんだよ。」
「だって、聞えるくらいならそんなに遠い筈はないねえ。」
「いいや、イーハトーヴォの野原は広いんだよ。霧のある日ならミーロだって迷うよ。」
「そうさねえ、だけど地図もあるからねえ。」
「野原の地図ができてるの。」
「ああ、きっと四枚ぐらいにまたがってるねえ。」
「その地図で見ると路でも林でもみんなわかるの。」
「いくらか変っているかもしれないが、まあ大体はわかるだろう。じゃ、お礼にその地図を買って送ってあげようか。」
「うん。」子どもは顔を赤くし
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