朝霧がそのときに   ちょうど消えかけて
 一本の栗の木は    後光をだしていた
 わたしはいただきの  石にこしかけて
 朝めしの堅ぱんを   かじりはじめたら
 その栗の木がにわかに ゆすれだして
 降りて来たのは    二疋の電気|栗鼠《りす》
 わたしは急いで……」
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「おいおい間違っちゃいかんよ。」山猫博士がいきなりどなりだしました。
「何だって。」ミーロはあっけにとられて云いました。
「今朝ワルトラワーラの峠に電気栗鼠など居た筈はない、それはいたちの間違いだろう。もっとよく考えて歌ってもらいたいね。」
「そんなことどうだっていいんだい。」ミーロは怒って壇を下りました。すると山猫博士が立ちあがりました。
「今度は我輩《わがはい》うたって見せよう。こら楽隊、In the good summer time をやれ。」
 楽隊の人たちは何べんもこの節をやったと見えてすぐいっしょにはじめました。山猫博士は案外うまく歌いだしました。
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「つめくさの花の 咲く晩に
 ポランの広場の 夏まつり
 ポランの広場の 夏のまつり
 酒を呑まずに  水を呑む
 そんなやつらが でかけて来ると
 ポランの広場も 朝になる
 ポランの広場も 白ぱっくれる。」
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 ファゼーロは泣きだしそうになってだまってきいていましたが、歌がすむとわたくしがつかまえるひまもなく壇にかけのぼってしまいました。
「ぼくもうたいます。いまのふしです。」
 楽隊はまたはじめました。山猫博士は、
「いや、これはめずらしいことになったぞ。」と云いながら又大きなコップで二つばかり引っかけました。
 ファゼーロは力いっぱいうたいだしました。
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「つめくさの花の  かおる夜は
 ポランの広場の  夏まつり
 ポランの広場の  夏のまつり
 酒くせのわるい  山猫が
 黄いろのシャツで 出かけてくると
 ポランの広場に  雨がふる
 ポランの広場に  雨が落ちる。」
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 デストゥパーゴがもう憤然として立ちあがりました。
「何だ失敬な、決闘をしろ、決闘を。」
 わたくしも思わず立ってファゼーロをうしろにかばいました。
「馬鹿を云え、貴さまがさきに悪口を言って置いて。こんな子供に決闘だなんてことがあるもん
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