ロなんかよほど歌がうまいのだろうとわたくしは思いました。
「ぼくは小さいときはいつでもいまごろ野原へ遊びに出た。」ファゼーロが云いました。
「そうかねえ。」
「するとお母さんが、行っておいで、ふくろうにだまされないようにおしって云うんだ。」
「何て云うって。」
「お母さんがね、行っておいで、ふくろうにだまされないようにおしって云うんだよ。」
「ふくろうに?」
「うん、ふくろうにさ。それはね、僕もっと小さいとき、それはもうこんなに小さいときなんだ、野原に出たろう。すると遠くで、誰だか食べた、誰だか食べた、というものがあったんだ。それがふくろうだったのよ。僕ばかな小さいときだから、ずんずん行ったんだ。そして林の中へはいってみちがわからなくなって泣いた。それからいつでも、お母さんそう云ったんだ。」
「お母さんはいまどこにいるの。」わたくしはこの前のことを思いだしながら、そっとたずねました。
「居ない。」ファゼーロはかなしそうに云いました。
「この前きみは姉さんがデストゥパーゴのとこへ行くかもしれないって云ったねえ。」
「うん、姉さんは行きたくないんだよ。だけど旦那が行けって云うんだ。」
「テーモがかい。」
「うん、旦那は山猫博士がこわいんだからねえ。」
「なぜ山猫博士って云うんだ。」
「ぼくよくわからない。ミーロは知ってるの?」
「うん。」ミーロはこっちをふりむいて云いました。
「あいつは山猫を釣ってあるいて外国へ売る商売なんだって。」
「山猫を? じゃ動物園の商売かい。」
「動物園じゃないなあ。」ミローもわからないというふうにだまってしまいました。
そのときはもう、あたりはとっぷりくらくなって西の地平線の上が古い池の水あかりのように青くひかるきり、そこらの草も青|黝《ぐろ》くかわっていました。
「おや、つめくさのあかりがついたよ。」ファゼーロが叫びました。
なるほど向うの黒い草むらのなかに小さな円いぼんぼりのような白いつめくさの花があっちにもこっちにもならび、そこらはむっとした蜂蜜のかおりでいっぱいでした。
「あのあかりはねえ、そばでよく見るとまるで小さな蛾の形の青じろいあかりの集りだよ。」
「そうかねえ、わたしはたった一つのあかしだと思っていた。」
「そら、ね、ごらん、そうだろう、それに番号がついてるんだよ。」
わたしたちはしゃがんで花を見ました。なるほど一つ一
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