の方が北だよ。そう置いてごらん。」ファゼーロはおもての景色と合せて地図を床に置きました。
「そら、こっちが東でこっちが西さ。いまぼくらのいるのはここだよ。この円くなった競馬場のここのとこさ。」
「乾溜工場はどれだろう。」ミーロが云いました。
「乾溜工場って、この地図にはないね、こっちかしら。」
 わたくしは別のをひろげました。
「ないなあ、いつごろからあるんだい。」
「去年からだよ。」
「それじゃないんだ。この地図はもっと前に測量したんだから。その工場はどんなとこにあるの。」
「ムラードの森のはずれだよ。」
「ああ、これかしら、何の木だい、楢《なら》か樺《かば》だらう。唐檜やサイプレスではないね。」
「楢と樺だよ。ああこれか。ぼくはねえ、どうも昨夜の音はここから聞えたと思うんだ。」
「行こう行こう、行って見よう。」ファゼーロはもう地図をもってはねあがりました。
「わたしも行っていいかい。」
「いいとも、ぼくそう云いたくていたんだ。」
「じゃわたしも行こう。ちょっと待って。」
 わたくしは大急ぎで仕度をしました。どうせ月は出るけれども地図が見えないといけないと思って、ガラス函のちょうちんも持ちました。
「さあ行こう。」わたくしは、ばたんと戸をしめてファゼーロとミーロのあとに立ちました。
 日はもう落ちて空は青く古い池のようになっていました。そこらの草もアカシヤの木も一日のなかでいちばん青く見えるときでした。
 わたくしどもはもう競馬場のまん中を横|截《ぎ》ってしまってまっすぐに野原へ行く小さなみちへかかっていました。ふりかえってみると、わたくしの家がかなり小さく黄いろにひかっていました。
「ポラーノの広場へ行けば何があるって云うの?」
 ミーロについて行きながらわたくしはファゼーロにたずねました。
「オーケストラでもお酒でも何でもあるって。ぼくお酒なんか呑みたくはないけれど、みんなを連れて行きたいんだよ。」
「そうだって云ったねえ、わたしも小さいとき、そんなこと聞いたよ。」
「それに第一にね、そこへ行くと誰でも上手に歌えるようになるって。」
「そうそう、そう云った。だけどそんなことがいまでもほんとうにあるかねえ。」
「だって聞えるんだもの。ぼくは何もいらないけれども上手にうたいたいんだよ。ねえ。ミーロだってそうだろう。」
「うん。」ミーロもうなずきました。
 元来ミー
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