、おいらおまえと遊びに来たよ。遊んでおくれ。」
この時、風が行ってしまいましたので、柏の木は、もうこそっとも云わなくなりました。
「まだ睡《ね》てるのか、柏の木、遊びに来たから起きてくれ。」
柏の木が四本とも、やっぱりだまっていましたので、タネリは、怒《おこ》って云いました。
「雪のないとき、ねていると、
西風ゴスケがゆすぶるぞ
ホースケ蜂《すがる》が巣を食うぞ
トースケひばりが糞《くそ》ひるぞ。」
それでも柏は四本とも、やっぱり音をたてませんでした。タネリは、こっそり爪立《つまだ》てをして、その一本のそばへ進んで、耳をぴったり茶いろな幹にあてがって、なかのようすをうかがいました。けれども、中はしんとして、まだ芽も葉もうごきはじめるもようがありませんでした。
「来たしるしだけつけてくよ。」タネリは、さびしそうにひとりでつぶやきながら、そこらの枯れた草穂《くさぼ》をつかんで、あちこちに四つ、結び目をこしらえて、やっと安心したように、また藤の蔓をすこし口に入れてあるきだしました。
丘のうしろは、小さな湿地《しっち》になっていました。そこではまっくろな泥《どろ》が、あたたかに春の湯気を吐き、そのあちこちには青じろい水ばしょう、牛《ベゴ》の舌[#「牛の舌」に傍点]の花が、ぼんやりならんで咲いていました。タネリは思わず、また藤蔓を吐いてしまって、勢《いきおい》よく湿地のへりを低い方へつたわりながら、その牛《ベゴ》の舌の花に、一つずつ舌を出して挨拶《あいさつ》してあるきました。そらはいよいよ青くひかって、そこらはしぃんと鳴るばかり、タネリはとうとう、たまらなくなって、「おーい、誰《たれ》か居たかあ。」と叫びました。すると花の列のうしろから、一ぴきの茶いろの蟇《ひきがえる》が、のそのそ這《は》ってでてきました。タネリは、ぎくっとして立ちどまってしまいました。それは蟇の、這いながらかんがえていることが、まるで遠くで風でもつぶやくように、タネリの耳にきこえてきたのです。
(どうだい、おれの頭のうえは。
いつから、こんな、
ぺらぺら赤い火になったろう。)
「火なんか燃えてない。」タネリは、こわごわ云いました。蟇は、やっぱりのそのそ這いながら、
(そこらはみんな、桃《もも》いろをした木耳《きくらげ》だ。
ぜんたい、いつから、
こんなにぺらぺらしだしたのだろう。)といっています。タネリは、俄《にわ》かにこわくなって、いちもくさんに遁《に》げ出しました。
しばらく走って、やっと気がついてとまってみると、すぐ目の前に、四本の栗《くり》が立っていて、その一本の梢《こずえ》には、黄金《きん》いろをした、やどり木の立派なまりがついていました。タネリは、やどり木に何か云おうとしましたが、あんまり走って、胸がどかどかふいごのようで、どうしてもものが云えませんでした。早く息をみんな吐いてしまおうと思って、青ぞらへ高く、ほうと叫んでも、まだなおりませんでした。藤蔓を一つまみ噛んでみても、まだなおりませんでした。そこでこんどはふっと吐き出してみましたら、ようやく叫べるようになりました。
「栗の木 死んだ、何して死んだ、
子どもにあたまを食われて死んだ。」
すると上の方で、やどりぎが、ちらっと笑ったようでした。タネリは、面白《おもしろ》がって節をつけてまた叫びました。
「栗の木食って 栗の木死んで
かけすが食って 子どもが死んで
夜鷹《よだか》が食って かけすが死んで
鷹は高くへ飛んでった。」
やどりぎが、上でべそをかいたようなので、タネリは高く笑いました。けれども、その笑い声が、潰《つぶ》れたように丘へひびいて、それから遠くへ消えたとき、タネリは、しょんぼりしてしまいました。そしてさびしそうに、また藤の蔓を一つまみとって、にちゃにちゃと噛みはじめました。
その時、向うの丘の上を、一|疋《ぴき》の大きな白い鳥が、日を遮《さえ》ぎって飛びたちました。はねのうらは桃いろにぎらぎらひかり、まるで鳥の王さまとでもいうふう、タネリの胸は、まるで、酒でいっぱいのようになりました。タネリは、いま噛んだばかりの藤蔓を、勢よく草に吐いて高く叫びました。
「おまえは鴇《とき》という鳥かい。」
鳥は、あたりまえさというように、ゆっくり丘の向うへ飛んで、まもなく見えなくなりました。タネリは、まっしぐらに丘をかけのぼって、見えなくなった鳥を追いかけました。丘の頂上に来て見ますと、鳥は、下の小さな谷間の、枯れた蘆《あし》のなかへ、いま飛び込《こ》むところです。タネリは、北風カスケより速く、丘を馳《か》け下りて、その黄いろな蘆むらのまわりを、ぐるぐるまわりながら叫びました。
「おおい、鴇、
おいらはひとりなんだから、
おまえはおいらと遊んでおく
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