の中の小さな水溜《みづたま》りの葦《あし》の中で、さっきから一生けん命歌ってゐたよし切りが、あわてて早口に云《い》ひました。
「清夫さん清夫さん、
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お薬、お薬お薬、取りですかい?
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清夫さん清夫さん、
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お母さん、お母さん、お母さんはどうですかい?
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清夫さん清夫さん、
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ばらの実ばらの実、ばらの実はまだありますかい?」
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清夫は笑って、
「いや、よしきり、お早う。」と云ひながら其処を通り過ぎました。
そしてもう森の中の明地《あきち》に来ました。
そこは小さな円い緑の草原で、まっ黒なかやの木や唐檜《たうひ》に囲まれ、その木の脚もとには野ばらが一杯に茂って、丁度草原にへりを取ったやうになってゐます。
清夫はお日さまで紫色に焦げたばらの実をポツンポツンと取りはじめました。空では雲が旗のやうに光って流れたり、白い孔雀《くじゃく》の尾のやうな模様を作ってかゞやいたりしてゐました。
清夫はお母さんのことばかり考へながら、汗をポタポタ落して、一生
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