》ってしまうと困《こま》るなあ、こう考えたときでした鉛筆が俄《にわ》かに倍《ばい》ばかりの長さに延《の》びてしまいました。キッコはまるで有頂天《うちょうてん》になって誰《だれ》がどこで何をしているか先生がいま何を云《い》っているかもまるっきりわからないという風でした。
その日キッコが学校から帰ってからのはしゃぎようと云ったら第一《だいいち》におっかさんの前で十けたばかりの掛算《かけざん》と割算《わりざん》をすらすらやって見せてよろこばせそれから弟をひっぱり出して猫《ねこ》の顔を写生《しゃせい》したり|荒木又右エ門《あらきまたえもん》の仇討《あだうち》のとこを描《か》いて見せたりそしておしまいもうお話を自分でどんどんこさえながらずんずんそれを絵にして書いていきました。その絵がまるでほんもののようでしたからキッコの弟のよろこびようと云ったらありませんでした。
「さあいいが、その山猫《やまねこ》はこの栗《くり》の木がらひらっとこっちさ遁《に》げだ。鉄砲打《てっぽうう》ぢはこうぼかげだ。山猫はとうとうつかまって退治《たいじ》された。耳の中にこう云う玉入っていた。」なんてやっていました。
そのうちキッコは算術も作文もいちばん図画もうまいので先生は何べんもキッコさんはほんとうにこのごろ勉強のために出来るようになったと云《い》ったのでした。二|学期《がっき》には級長《きゅうちょう》にさえなったのでした。その代《かわ》りもうキッコの威張《いば》りようと云ったらありませんでした。学校へ出るときはもう村中の子供《こども》らをみんな待《ま》たせて置《お》くのでしたし学校から帰って山へ行くにもきっとみんなをつれて行くのでうちの都合《つごう》や何かで行かなかった子は次《つぎ》の日みんなに撲《なぐ》らせました。ある朝キッコが学校へ行こうと思ってうちを出ましたらふとあの鉛筆《えんぴつ》がなくなっているのに気がつきました。さあキッコのあわて方ったらありません。それでも仕方《しかた》なしに学校へ行きました。みんなはキッコの顔いろが悪《わる》いのを大へん心配《しんぱい》しました。
算術《さんじゅつ》の時間でした。「一ダース二十|銭《せん》の鉛筆を二ダース半ではいくらですか。」先生が云いました。みんなちょっと運算《うんざん》してそれからだんだんさっと手をあげました。とうとうみんなあげました。キッコも仕方《しかた》なくあげました。「キッコさん。」先生が云いました。
キッコは勢《いきおい》よく立ちましたがあともう云えなくなって顔を赤くしてただもう〔以下原稿なし〕
底本:「イーハトーボ農学校の春」角川文庫、角川書店
1996(平成8)年3月25日初版発行
底本の親本:「新校本 宮澤賢治全集」筑摩書房
1995(平成7)年5月
入力:ゆうき
校正:noriko saito
2009年8月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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