うにじっとしていましたら先生がむちを持《も》って立って「では吉三郎《きちさぶろう》さんと慶助《けいすけ》さんと出て黒板《こくばん》へ書いて下さい。」と云いました。〔キッコは筆記帳《ひっきちょう》をもってはねあがりました。〕そして教壇《きょうだん》へ行ってテーブルの上の白墨《はくぼく》をとっていまの運算《うんざん》を書きつけたのです。そのとき慶助は顔をまっ赤《か》にして半分立ったまま自分の席《せき》でもじもじしていました。キッコは[#ここから横組み]9[#ここで横組み終わり]の字などはどうも少しなまずのひげのようになってうまくないと思いながらおりて来たときようやく慶助が立って行きましたけれども問題《もんだい》を書いただけであとはもうもじもじしていました。
先生はしばらくたって「よし」と云いましたので慶助は戻《もど》って来ました。先生はむちでキッコのを説明《せつめい》しました。
「よろしい、大へんよくできました。」キッコはもうにがにがにがにがわらって戻って来ました。(もう算術《さんじゅつ》だっていっこうひどくない。字だって上手《じょうず》に書ける。算術帳とだって国語帳とだって雑作《ぞうさ》なく書ける)
キッコは思いながらそっと帳面《ちょうめん》をみんな出しました。そして算術帳国語帳理科帳とみんな書きつけました。すると鉛筆《えんぴつ》はまだキッコが手もうごかさないうちにじつに早くじつに立派《りっぱ》にそれを書いてしまうのでした。キッコはもう大悦《おおよろこ》びでそれをにがにがならべて見ていましたがふと算術帳と理科帳と取りちがえて書いたのに気がつきました。この木ペンにはゴムもついていたと思いながら尻《しり》の方のゴムで消そうとしましたらもう今度《こんど》は鉛筆がまるで踊《おど》るように二、三べん動《うご》いて間もなく表紙《ひょうし》はあとも残《のこ》さずきれいになってしまいました。さあ、キッコのよろこんだことこんないい鉛筆をもっていたらもう勉強《べんきょう》も何もいらない。ひとりでどんどんできるんだ。僕《ぼく》はまず家へ帰ったらおっ母《か》さんの前へ行って百けたぐらいの六《むつ》かしい勘定《かんじょう》を一ぺんにやって見せるんだ、それからきっと図画だってうまくできるにちがいない。僕はまず立派《りっぱ》な軍艦《ぐんかん》の絵を書くそれから水車のけしきも書く。けれども早く耗《へ
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