をぼろぼろこぼしながら見ましたらその鉛筆は灰色《はいいろ》でごそごそしておまけに心の色も黒でなくていかにも変《へん》な鉛筆《えんぴつ》でした。キッコはそこでやっぱりしくしく泣いていました。「ははああんまり面白《おもしろ》くもないのかな。まあ仕方《しかた》ない、わしは外に持《も》っていないからな。」おじいさんはすっと行ってしまいました。
風が来て樺の木はチラチラ光りました。ふりかえって見ましたらおじいさんはもう林の向《むこ》うにまがってしまったのか見えませんでした。キッコはその枝《えだ》きれみたいな変な鉛筆を持ってだまってかくしに入れてうちの方へ歩き出しました。

     三

次《つぎ》の日学校の一時間目は算術《さんじゅつ》でした。キッコはふとああ木ペンを持っていないなと思いました。それからそうだ昨日《きのう》の変な木ペンがある。あれを使《つか》おう一時間ぐらいならもつだろうからと考えつきました。
そこでキッコはその鉛筆を出して先生の黒板《こくばん》に書いた問題《もんだい》をごそごその藁紙《わらがみ》の運算帳《うんざんちょう》に書き取《と》りました。
[#ここから横組み]48×62=[#ここで横組み終わり] 「みなさん一けた目のからさきにかけて。」と先生が云《い》いました。「一けた目からだ。」とキッコが思ったときでした。不思議《ふしぎ》なことは鉛筆がまるでひとりでうごいて[#ここから横組み]96[#ここで横組み終わり]と書いてしまいました。キッコは自分の手首だか何だかもわからないような気がして呆《あき》れてしばらくぼんやり見ていました。「一けた目がすんだらこんどは二けた目を勘定《かんじょう》して。」と先生が云《い》いました。するとまた鉛筆がうごき出してするするっと[#ここから横組み]288[#ここで横組み終わり]と二けた目までのとこへ書いてしまいました。キッコはもうあんまりびっくりして顔を赤くして堅《かた》くなってだまっていましたら先生がまた「さあできたら寄《よ》せ算をして下さい。」と云いました。またはじまるなと思っていましたらやっぱり、もうただ一いきに一本の線もひっぱって[#ここから横組み]2976[#ここで横組み終わり]と書いてしまいました。
さあもうキッコのよろこんだことそれからびっくりしたこと、何と云っていいかわからないでただもうお湯《ゆ》へ入ったときのよ
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