まなづるとダァリヤ
宮沢賢治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)叩《たた》きつけ

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#小書き片仮名ヰ、243−15]
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 くだものの畑の丘のいただきに、ひまはりぐらゐせいの高い、黄色なダァリヤの花が二本と、まだたけ高く、赤い大きな花をつけた一本のダァリヤの花がありました。
 この赤いダァリヤは花の女王にならうと思ってゐました。
 風が南からあばれて来て、木にも花にも大きな雨のつぶを叩《たた》きつけ、丘の小さな栗《くり》の木からさへ、青いいがや小枝をむしってけたたましく笑って行く中で、この立派な三木のダァリヤの花は、しづかにからだをゆすりながら、かへっていつもよりかゞやいて見えて居《を》りました。
 それから今度は北風又三郎が、今年はじめて笛のやうに青ぞらを叫んで過ぎた時、丘のふもとのやまならしの木はせはしくひらめき、果物《くだもの》畑の梨《なし》の実は落ちましたが、此《こ》のたけ高い三本のダァリヤは、ほんのわづか、きらびやかなわらひを揚げただけでした。

          ※

 黄色な方の一本が、こゝろを南の青白い天末に投げながら、ひとりごとのやうに云《い》ったのでした。
「お日さまは、今日はコバルト硝子《ガラス》の光のこなを、すこうしよけいにお播《ま》きなさるやうですわ。」
 しみじみと友達の方を見ながら、もう一本の黄色なダァリヤが云ひました。
「あなたは今日はいつもより、少し青ざめて見えるのよ。きっとあたしもさうだわ。」
「えゝ、さうよ。そしてまあ」赤いダァリヤに云ひました「あなたの今日のお立派なこと。あたしなんだかあなたが急に燃え出してしまふやうな気がするわ。」
 赤いダァリヤの花は、青ぞらをながめて、日にかがやいて、かすかに笑って答へました。
「こればっかしぢゃ仕方ないわ。あたしの光でそこらが赤く燃えるやうにならないくらゐなら、まるでつまらないのよ。あたしもうほんたうに苛々《いらいら》してしまふわ。」
 やがて太陽は落ち、黄水晶《シトリン》の薄明穹《はくめいきゅう》も沈み、星が光りそめ、空は青黝《あをぐろ》い淵《ふち》になりました。
「ピートリリ、ピートリリ。」と鳴いて、その星あかりの下を、まなづるの黒い影がかけて行きました。
「まなづるさん。あたしずゐぶんきれいでせう。」赤いダァリヤが云ひました。
「あゝきれいだよ。赤くってねえ。」
 鳥は向ふの沼の方のくらやみに消えながらそこにつゝましく白く咲いてゐた一本の白いダァリヤに声ひくく叫びました。
「今ばんは。」
 白いダァリヤはつゝましくわらってゐました。

          ※

 山山にパラフ※[#小書き片仮名ヰ、243−15]ンの雲が白く澱《よど》み、夜が明けました。黄色なダァリヤはびっくりして、叫びました。
「まあ、あなたの美しくなったこと。あなたのまはりは桃色の後光よ。」
「ほんたうよ。あなたのまはりは虹《にじ》から赤い光だけ集めて来たやうよ。」
「あら、さう。だってやっぱりつまらないわ。あたしあたしの光でそらを赤くしようと思ってゐるのよ。お日さまが、いつもより金粉をいくらかよけいに撒《ま》いていらっしゃるのよ。」
 黄色な花は、どちらもだまって口をつぐみました。
 その黄金《きん》いろのまひるについで、藍晶石《らんしゃうせき》のさはやかな夜が参りました。
 いちめんのきら星の下を、もじゃもじゃのまなづるがあわたゞしく飛んで過ぎました。
「まなづるさん。あたしかなり光ってゐない?」
「ずゐぶん光ってゐますね。」
 まなづるは、向ふのほのじろい霧の中に落ちて行きながらまた声ひくく白いダァリヤへ声をかけて行きました。
「今晩は。ご機嫌《きげん》はいかゞですか。」

          ※

 星はめぐり、金星の終りの歌で、そらはすっかり銀色になり、夜があけました。日光は今朝はかゞやく琥珀《こはく》の波です。
「まあ、あなたの美しいこと。後光は昨日の五倍も大きくなってるわ。」
「ほんたうに眼もさめるやうなのよ。あの梨《なし》の木まであなたの光が行ってますわ。」
「えゝ、それはさうよ。だってつまらないわ。誰《たれ》もまだあたしを女王さまだとは云はないんだから。」
 そこで黄色なダァリヤは、さびしく顔を見合せて、それから西の群青《ぐんじゃう》の山脈にその大きな瞳《ひとみ》を投げました。
 かんばしくきらびやかな、秋の一日は暮れ、露は落ち星はめぐり、そしてあのまなづるが、三つの花の上の空をだまって飛んで過ぎました。
「まなづるさん。あたし今夜どう見えて?」
「さあ、大したもんですね。けれども
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