もう大分くらいからな。」
 まなづるはそして向ふの沼の岸を通ってあの白いダァリヤに云ひました。
「今晩は、いゝお晩ですね。」

          ※

 夜があけかゝり、その桔梗《ききゃう》色の薄明の中で、黄色なダァリヤは、赤い花を一寸《ちょっと》見ましたが、急に何か恐《こは》さうに顔を見合せてしまって、一ことも物を云ひませんでした。赤いダァリヤが叫びました。
「ほんたうにいらいらするってないわ。今朝はあたしはどんなに見えてゐるの。」
 一つの黄色のダァリヤが、おづおづしながら云ひました。
「きっとまっ赤なんでせうね。だけどあたしらには前のやうに赤く見えないわ。」
「どう見えるの。云って下さい。どう見えるの。」
 も一つの黄色なダァリヤが、もぢもぢしながら云ひました。
「あたしたちにだけさう見えるのよ。ね。気にかけないで下さいね。あたしたちには何だかあなたに黒いぶちぶちができたやうに見えますわ。」
「あらっ。よして下さいよ。縁起でもないわ。」
 太陽は一日かゞやきましたので、丘の苹果《りんご》の半分はつやつや赤くなりました。
 そして薄明が降り、黄昏《くわうこん》がこめ、それから夜が来ました。
 まなづるが
「ピートリリ、ピートリリ。」と鳴いてそらを通りました。
「まなづるさん。今晩は、あたし見える?」
「さやう。むづかしいですね。」
 まなづるはあわたゞしく沼の方へ飛んで行きながら白いダァリヤに云ひました。
「今晩は少しあたたかですね。」

          ※

 夜があけはじめました。その青白い苹果の匂《にほひ》のするうすあかりの中で、赤いダァリヤが云ひました。
「ね、あたし、今日はどんなに見えて。早く云って下さいな。」
 黄色なダァリヤは、いくら赤い花を見ようとしても、ふらふらしたうすぐろいものがあるだけでした。
「まだ夜があけないからわかりませんわ。」
 赤いダァリヤはまるで泣きさうになりました。
「ほんたうを云って下さい。ほんたうを云って下さい。あなたがた私にかくしてゐるんでせう。黒いの。黒いの。」
「えゝ、黒いやうよ。だけどほんたうはよく見えませんわ。」
「あらっ。何だってあたし赤に黒のぶちなんていやだわ。」
 そのとき顔の黄いろに尖《とが》ったせいの低い変な三角の帽子をかぶった人がポケットに手を入れてやつて来ました。そしてダァリヤの花を見て叫びま
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