かりの下を、まなづるの黒い影がかけて行きました。
「まなづるさん。あたしずゐぶんきれいでせう。」赤いダァリヤが云ひました。
「あゝきれいだよ。赤くってねえ。」
 鳥は向ふの沼の方のくらやみに消えながらそこにつゝましく白く咲いてゐた一本の白いダァリヤに声ひくく叫びました。
「今ばんは。」
 白いダァリヤはつゝましくわらってゐました。

          ※

 山山にパラフ※[#小書き片仮名ヰ、243−15]ンの雲が白く澱《よど》み、夜が明けました。黄色なダァリヤはびっくりして、叫びました。
「まあ、あなたの美しくなったこと。あなたのまはりは桃色の後光よ。」
「ほんたうよ。あなたのまはりは虹《にじ》から赤い光だけ集めて来たやうよ。」
「あら、さう。だってやっぱりつまらないわ。あたしあたしの光でそらを赤くしようと思ってゐるのよ。お日さまが、いつもより金粉をいくらかよけいに撒《ま》いていらっしゃるのよ。」
 黄色な花は、どちらもだまって口をつぐみました。
 その黄金《きん》いろのまひるについで、藍晶石《らんしゃうせき》のさはやかな夜が参りました。
 いちめんのきら星の下を、もじゃもじゃのまなづるがあわたゞしく飛んで過ぎました。
「まなづるさん。あたしかなり光ってゐない?」
「ずゐぶん光ってゐますね。」
 まなづるは、向ふのほのじろい霧の中に落ちて行きながらまた声ひくく白いダァリヤへ声をかけて行きました。
「今晩は。ご機嫌《きげん》はいかゞですか。」

          ※

 星はめぐり、金星の終りの歌で、そらはすっかり銀色になり、夜があけました。日光は今朝はかゞやく琥珀《こはく》の波です。
「まあ、あなたの美しいこと。後光は昨日の五倍も大きくなってるわ。」
「ほんたうに眼もさめるやうなのよ。あの梨《なし》の木まであなたの光が行ってますわ。」
「えゝ、それはさうよ。だってつまらないわ。誰《たれ》もまだあたしを女王さまだとは云はないんだから。」
 そこで黄色なダァリヤは、さびしく顔を見合せて、それから西の群青《ぐんじゃう》の山脈にその大きな瞳《ひとみ》を投げました。
 かんばしくきらびやかな、秋の一日は暮れ、露は落ち星はめぐり、そしてあのまなづるが、三つの花の上の空をだまって飛んで過ぎました。
「まなづるさん。あたし今夜どう見えて?」
「さあ、大したもんですね。けれども
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